腸内細菌と人体の不思議な関係4

食事内容が腸内細菌を変える

それでは腸内細菌を健康に保つためにはどうすればいいのだろうか。

面白い海外の研究がある。14年7月、ゲノム・バイオロジーというこの分野の一流専門誌に掲載されて、世界的な反響があった。米ハーバード大とマサチューセッツ工科大のグループが2人の健康な成人男性の協力を得て、1年間にわたって食事や行動の記録とともに腸内と唾液中の細菌の変化を毎日調べた結果だ。論文のタイトルは「日々のライフスタイルが体内の細菌叢に影響する」。研究は比較的単純で、この2人から毎日便と唾液を提供してもらい、含まれる細菌を毎日、詳しく分析する。食事や行動の記録を含めて、1年間では10万サンプルを分析したという。

1年の間には大きな変化があった。そのひとつは米国の大都市圏に住んでいる1人が調査途中で、50日ほど東南アジアのある国の首都に出張して長期滞在したことだ。肉の多い食事から野菜などが中心の食事に変化したとみられ、環境の大きな変化で、この男性は2回の長引く下痢を経験したという。

長期出張中は腸内細菌の分布が以前と大きく変化したが、出張から戻って2週間もすると細菌の分布は元に戻ったという。さらにもう1人は調査中に、卵や肉の菌汚染が原因のサルモネラ中毒にかかってしまった。この治療に抗生物質は使われなかったが、腸内細菌の分布は激変し、それまでは全体の半分を占めて非常に優勢だった菌が1%以下に減り、代わりに少数勢力だった菌が3分の2まで増えたという。食中毒から症状が回復した後も腸内細菌が元に戻るには3ヶ月かかり、荒れた腸内細菌の回復には相当な時間が必要なこともわかった。

食物繊維が足りない

この調査では、食事と腸内細菌の関係が非常にはっきりした。食物繊維が豊富な食事をとると、その翌日には腸内細菌の約15%にその影響とみられる目立った変化があったという。

グループは論文の中で、「睡眠や運動、その日の気分と腸内細菌叢との関係には大きな影響がみられなかった。しかし、食物繊維の摂取と腸内細菌との関係は大きく、1年間の調査中では被験者の1人が途上国に出張したのが腸内細菌にもっとも大きな影響を与えた」と結論づけている。

膨大なデータの詳細な分析にはさらに時間が必要だろうし、被験者の数もかなり少ない。だが、食物繊維の摂取と腸内細菌叢が深く関係していることははっきり裏付けられた。

肉食が中心で食物繊維の摂取が少ない米国では食品医薬品局(FDA)が男性成人は1日38㌘以上、成人女性は29㌘以上の摂取を推奨している。だが、実際の摂取はその半分程度の1日15㌘以下にすぎないという。日本でも厚生労働省が目標摂取量を男性が19㌘以上、女性が17㌘以上と定めているが、国の調査でも実際の摂取量は15㌘を下回っているそうだ。

夫妻で腸内細菌と健康の関係を研究している米スタンフォード大医学部のソネンバーグ助教授は「食物繊維摂取の不足が西洋人の腸内細菌が不健康なことに明らかに影響している」と著書の『The GOOD GUT(良い腸)』の中で警鐘を鳴らしている。

研究者が注目しているのは食物繊維が豊富な日本食や、世界各地の地場の食材を生かした伝統食だ。『The GOOD GUT』には読者向けに、腸内細菌を健康にするためのレシピがついている。この中では、味噌風味のそばサラダやポップコーンに海苔を散らす「日本式ポップコーン」といった日本の食材を使うメニューや、中南米やアフリカの伝統食材を使ったメニューが紹介されている。

腸を元気にする発酵食品

食物繊維だけでなく、伝統的な健康食材として古くから注目されているのがヨーグルトなど乳酸菌を多く含んだ食材だ。コラムで紹介したノーベル賞受賞者のメチニコフがヨーグルト健康法を実践していたことは有名だが、多くの腸内細菌研究者がヨーグルトを毎日、摂取することを強く勧めている。先に紹介した光岡知足・東大名誉教授は1日300㌘程度のヨーグルトを取っているという。市販のヨーグルトは乳酸菌を1㍉リットル当たり1000万個以上含むことが定められていて、これだと1日30億個以上とることになる。それでも、腸には1000兆もの腸内細菌が住み着いていることを考えると、そう多い量ではないという。

乳酸菌やビフィズス菌を含んだ食品を多く取ることが健康に良いことは間違いなさそうだ。

その一方で、日本の伝統食品も善玉菌と相性がいいことが古くから知られている。中でも注目されているのは発酵食品だ。味噌、醤油など麹(こうじ)菌を使った食品、納豆菌を使った納豆、野菜を乳酸菌などで発酵させたぬか漬けやなれ寿司(鮒寿司など)は海外でも腸の健康にいい食品としての評価が高いようだ。ただ発酵食品の健康への良さはこれまでも経験的に知られていて、健康との関係を示す実証的な研究は比較的少ないようだ。

花粉症やアトピー性皮膚炎、喘息などアレルギー性の疾患に悩まされている現代人はきわめて多い。アレルギーと腸内細菌との関係ははっきりしていないが、ヨーグルトを毎日、食べ続けた結果、花粉症が軽減されたという経験の持ち主は少なくないようだ。

主に海外を中心にアレルギーと腸内細菌との関係を調べた論文が2000年ごろから多く発表されている。その中では、アトピー性皮膚炎の発症予防について、乳酸菌の投与で、乳児のアトピー性皮膚炎発症が半分以下に減ったという論文が出ていて、発症の予防には一定の効果があることが確かめられた。ただすでに発症している場合の効果についてはまだそれほどはっきりしていない。

アレルギー性疾患は人の免疫機能と密接に関わっている。アレルギー発症機構も未解明の部分が多く、人種による差がどれほどあるのか、食習慣など環境要因が具体的にどう影響しているのか、今後の研究の進展が待たれるところだ。

和食は腸内細菌にも健康食

腸内細菌と健康との関係は世界の研究者がしのぎを削って取り組んでいるきわめてホットな研究分野だ。それだけに研究は日進月歩。今後も、びっくりするような成果が次々に発表されるに違いない。健康に強い関心を持つ以上、こうした最新の成果に目をこらしていく必要があるのはもちろんだ。

だが、腸内細菌の数や種類はあまりに多く、その全容を解明していくにはまだ相当な時間がかかりそうだ。その中で、ひとつはっきりしてきたことがある。それは、これまで私たちが親しんできた発酵食品など伝統食材を使った和食が「腸内細菌にも非常にいい健康食」ということだ。

最新の研究成果によって、私たちが受け継いできた食に関する知恵や言い伝えにしっかりとした根拠があり、健康的な生活を送る上での「実用的な知恵」として役立つことがわかった。これ自体が大きな収穫のひとつといえそうだ。