腸内細菌と人体の不思議な関係2

細菌叢は一生のうちに大きく変化

最近の研究で、私たちの身体に住み着いている常在細菌は口の中が約100億個、皮膚が約1兆個、胃が約1万個、小腸が約1兆個、大腸が約数百兆個、泌尿器や生殖器が約1兆個であることがわかってきた。胃は強い酸性の胃酸があるため、生息できる細菌の数が極端に少ないようだ。

群を抜いて数が多い大腸で詳しく細菌の種類を調べたところ、その生理作用をもとに3つに分類することができた。第一がおなじみのビフィズス菌や乳酸菌など食べ物の残りかすから糖を分解し、乳酸や酢酸など身体に有用な物質を作り出す「発酵」を行ってくれる「善玉菌」と呼ばれるグループ。これに対して、食べ物の残りかすからタンパク質やアミノ酸を分解し、逆に身体には有害な硫化水素やアンモニアをつくる「腐敗」を起こすのが「悪玉菌」と呼ばれるグループだ。ウエルシュ菌や黄色ブドウ球菌などがこの仲間だとされる。残りの細菌は「日和見(ひよりみ)菌」と名付けられ、善玉菌が優勢なら善玉菌の味方をするが、悪玉菌が優勢だと悪玉菌の見方をするどっちつかずの細菌のグループのようだ。バクテロイデスと呼ばれる細菌や非病原性の大腸菌などがこれにあたるが、実態が解明されていない部分が多い。

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善玉菌、悪玉菌という非常にわかりやすい名前を提唱したのは腸内細菌研究の第一人者、光岡知足・東大名誉教授だ。光岡さんは腸内細菌がまったく注目されていない1950年代後半から長年研究を続け、数々の研究成果を送り出してきた腸内細菌研究のパイオニアだ。光岡さんの研究で、誕生から始まるヒトの一生で、腸内細菌が大きく変化していくこともわかった。「加齢に伴う腸内細菌の変化」のグラフがそれを示している。

自然分娩と帝王切開では大きな違い

もともと赤ちゃんはお母さんの子宮の中で、無菌状態のまま育っている。出産と同時にお母さんの産道を通って外界と接触するが、この時、お母さんが持っている細菌の洗礼を受ける。光岡さんが出生直後から時間を追って、赤ちゃんのうんちの中に含まれる細菌の種類や数を調べたところ、出生直後から時間の経過とともに細菌の種類や数が大きく変化していることがわかった。

産道を経由して自然分娩で生まれる赤ちゃんと、産道を経由せず帝王切開で生まれる赤ちゃんの腸内細菌の分布がまったく異なっていることも明らかになった。帝王切開の場合も器具や手術にかかわる医療従事者の細菌が付着するが、それはお母さんの産道に住み着いている細菌とは種類が異なっている。出産の仕方がその後の免疫機能の発達など赤ちゃんの健康に大きく影響するらしいと考え、帝王切開が多い米国では、生まれた赤ちゃんにわざわざお母さんの産道の菌を付着させる試みも一部で始まっている。

赤ちゃんの腸の中でビフィズス菌が増え始めるのは生後3日目あたりから。4日から7日目ごろにはビフィズス菌の大増殖が始まり、7日目頃には腸内細菌の95%ほどを占めて圧倒的に優勢になるという。

母乳育児と人工栄養でも大きな違い

母乳に恵まれるかどうかは出産直後のお母さんにとって悩ましい問題だ。だが、母乳か人口栄養かでも赤ちゃんのうんちの中にある細菌の種類や数に大きな違いがあるというのはちょっとびっくりするような話だ。母乳で育つ赤ちゃんはビフィズス菌の数が多く、悪玉菌の増殖を抑えてくれるという。

母乳やミルクを徐々に普通食に切り変えていく離乳期はタイミングが難しいが、離乳食を始めた途端、赤ちゃんのうんちの中の細菌の種類や数が劇的に変わっていくことも最近の研究で明らかになってきた。腸内細菌の形成には離乳期に至るまでの環境的な要因が深く関係しているようだ。離乳期を終えて、普通の食事が主流になると、こんどは徐々に日和見菌が優勢になって、最終的にビフィズス菌の数は全体の2割程度に落ち着くという。

光岡さんは善玉菌2割、日和見菌7割、悪玉菌1割の比率が健康にいいと考えている。善玉菌が2割程度に達すると悪玉菌の働きを抑え、食物繊維を分解し、発酵する作用が進んで、腸内細菌を健康な状態に保つことができるという。

母乳育児に関しては母乳が出にくいお母さんも少なくないだけに、推奨することに限界もあるが、母乳の摂取には栄養の問題だけでなく、腸を健康にするという新たな役割も見つかったことは知っておいた方が良さそうだ。

腸内細菌は環境に大きく影響されている

当然のことながら、腸内細菌の種類や数など細菌叢は人種や環境による差がきわめて大きいこともわかってきた。
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ヨーロッパ人、アメリカ人、日本人の300人以上を対象にした2011年の調査で、腸内細菌の構成パターンが大きく3つに分かれるという研究結果が発表された。肉食を中心にした食事、肉食ではなくどちらかと言えば穀物や野菜を中心にした食事など、食事内容との関係に関心が寄せられているが、食事に限らず病気や健康状態、人種や住んでいる地域などいくつかの別の要素と関連づけた研究も始まっている。

アフリカとヨーロッパの子どもを対象にした研究では、アフリカの子どもはバクテロイデスと呼ばれる腸内細菌のグループが7割以上を占めたが、ヨーロッパの子どもは3割ほどで、ファーミキュテスと呼ばれる肥満との関係が疑われている細菌が優勢だった。ヨーロッパの子どもと大人のパターンには共通性があり、食事や地域、人種などのうち、どの要素がどれほど深く関係しているのか、引き続き詳しい調査が進められている。

一方、同じ地域に住む人でも、人によって腸内細菌のパターンがかなり大きく異なっていることも明らかにになってきた。これは腸内細菌の人ごとの多様性といえそうだ。

腸内細菌と食事の関係が深いのは間違いないとしても、食事の内容が細菌の違いに具体的にどう影響しているかまではまだ突き止められていない。一卵性双生児(遺伝的にまったく同一)と二卵生双生児(遺伝的には違いがある)を対象にした研究では腸内細菌は遺伝的な要因より環境要因が大きく関わっているという結果も出されている。今後の成果に大いに注目していきたいところだ。