トレハロースで増えるクロストリジウム・ディフィシル腸炎強毒性株
クロストリジウム・ディフィシル腸炎は偽膜性大腸炎とも呼ばれ、Clostridium difficile(CD)の異常増殖の結果として発生する腸の感染症です。CDは常在性の嫌気性菌であり、健常者の腸内にも存在していますが、抗生物質に対して抵抗性を持っているため、長期間に抗生物質を使用した際にCDが増殖して腸炎がおきます。
一方、抗生物質の使用とは関係なく発生する流行性のCDが海外を中心に報告されており、RT027株やRT078株といった強毒性株が知られています。この2つの強毒性株の増殖について、トレハロースという糖が関与していることが報告されました1。トレハロースはキノコに多く含まれており、保水性やデンプン老化抑制作用があるため、和菓子や冷凍食品、さらには化粧品などにも使用されている身近な存在です。
CD強毒性株が流行した理由はわかっていない
2000年から2003年にかけて、北米でRT027株が流行しました。RT027株が流行する原因のひとつとして、フルオロキノロンという抗生物質に対する薬剤耐性の獲得が知られていましたが、これは1980年代にはすでに知られており、2000年代の新たな流行には別の要因が示唆されます。
RT078株も、1995年から2007年にかけてその発生率が10倍に上昇しましたが、その原因はよくわかっていません。
RT027とRT078は系統的には異なる菌株であるため、それぞれ別の機序により流行性を獲得したのではないか、と考えられます。
CD強毒性株はトレハロースが少なくても生存できる
RT027株は他のCD株よりも腸内で増殖しやすいことが知られていたため、RT027株がどのような種類の糖を好むのか、様々な種類の炭水化物の中からスクリーニングしました。その中で、トレハロースという糖を添加すると、RT027株が増殖しやすいことを突きとめました。
さらに、高濃度(50mM)のトレハロースではほとんどのCD株が増殖できたのに対して、低濃度(10mM)では RT027株とRT078株のみが増殖し、他のCD株は増殖しないことがわかりました。
RT027株はトレハロース分解酵素の制御に変化
どのようにトレハロースを利用できるようになったかを調べるため、様々なCD株のゲノムを比較し、TreA分子を見つけました。TreAは、トレハロース6リン酸をグルコースに代謝する分解酵素です。treAを欠損させたRT027株(RT027ΔtreA株)を作成したところ、高濃度(50mM)のトレハロースを添加してもRT027ΔtreAは増殖できませんでした。
次に、RT027株ではtreA遺伝子の発現がどう制御されているかを知るため、様々な濃度のトレハロース添加下にtreA遺伝子の発現を調べたところ、RT027株は他の菌株に比べて500倍低い濃度のトレハロースがあればtreA遺伝子をオンにできることがわかりました。
そこで、treA遺伝子の発現に影響を与えている配列を1010種類のCD株で調べてみると、treAの発現を抑えるリプレッサーであるtreR遺伝子の1塩基多型が見つかりました。ミニバイオリアクター(ヒト由来の様々な腸内細菌や栄養素を加えた、腸内環境を模した実験装置)を使ってRT027/078株以外の様々なCD株を低濃度トレハロース添加下で培養したところ、増殖した13種の菌はすべてtreR遺伝子に変異を認めました。
トレハロース代謝が腸炎を重症化させる
トレハロースを代謝できるRT027株がCD腸炎の重症度にどのように影響するかを確かめるため、ヒト由来腸内細菌を定着させたマウスを用いて実験しました。
まず、通常のRT027株とRT027ΔtreA株をそれぞれマウスに感染させたうえでトレハロースを投与すると、RT027ΔtreA株では生存率が上昇しました。次に、RT027株を感染させたうえで、トレハロースを投与する群としない群で比較すると、トレハロースの投与により生存率が悪化しました。
つまり、トレハロース代謝がCD腸炎を重症化させることがわかりました。
RT078株はトレハロースを取り込みやすい遺伝子をもつ
RT027株とは異なり、RT078株にはtreR遺伝子に1塩基多型を認めません。再びCD株のゲノムを比較したところ、トレハロースを細胞内に取り込むトランスポーター分子をコードするptsT遺伝子をRT078株は新たに獲得したことがわかりました。
そこで、ptsT遺伝子が欠損したRT078株(TR078ΔptsT株)を作成し、トレハロース存在下で培養すると、高濃度(50mM)では増殖するが低濃度(10mM)では増殖しませんでした。さらにTR078ΔptsT株に誘導性プロモーターでptsTを強制発現させると、低濃度(10mM)でも再び増殖したことから、RT078株ではPtsTというトランスポーターを獲得したことによりトレハロース存在下で細胞の増殖性が高まることをつきとめました。
ptsTの発現が腸管内での細菌同士の競合に有利であるかを調べるために、前述のミニバイオリアクター内に、通常のRT078株とRT078ΔptsT株を共培養すると、通常株は欠損株に比べて増殖しやすい結果となり、ptsTは腸管内での細菌同士の競合に有利であることが示されました。
トレハロースの量産化とアウトブレークの時期は重なるが……
最後に、アイスクリームに含まれる量のトレハロースを投与したマウスの盲腸と、通常の食事をしている人の人工肛門の腸液を用いて、これらの消化管内で実際にRT027株のtreAの発現が誘導できることを示しました。
結びの図には、RT027株とRT078株それぞれのアウトブレークの時期が継時的に示されています。この論文が発表される以前に著者らのセミナーに参加した際には、1990年代に日本の企業がトレハロースの大量生産化に成功、食品添加物として広く使用されるになった時期と、アウトブレークの時期がまさに重なると強調していましたが、本論文では少しトーンダウンした形で示されていたのが印象的でした。
ただ、treAの発現が高い強毒性変異株がトレハロースの存在下で強い毒性を発揮するという実験的事実だけでも、とてもインパクトのある結果と感じました。
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編集長より
この論文について、トレハロースを製造、販売する林原がプレスリリースを出しました。
雑誌Natureに掲載されたトレハロースに関する論文について|株式会社 林原
これによると、アウトブレークを主張する図について、カナダでCD強毒性株が流行した2003年時点、カナダで食品添加物としてトレハロースは認可されていなかった(カナダでの認可は2005年)、クウェート、コスタリカ、イラン、パナマでは未だに認可されていないと指摘しています。
また、トレハロースはキノコなど、天然の食材にも含まれています。林原は、アメリカで食品添加物として摂取されている量は天然由来の20分の1以下である推定し、トレハロースの「微量の変動をもって流行の原因とするには無理があります」と述べています。
他にも、今回行われたマウス実験や、以前にコロラド大学で実施されたヒト経口投与臨床試験についても触れています。ただし、『nature』誌面における直接の反論は、執筆時点でまだありません。
論文においても、食品添加物の認可とアウトブレークの関係は考察にとどめており、因果関係を直接証明したものではありません。
参考文献
- Collins J, et al. Dietary trehalose enhances virulence of epidemic Clostridium difficile. Nature. 2018; 553(7688): 291-294.