2017年4月28日

乳児にハチミツはどうしてダメ?乳児ボツリヌス症について

4月7日に東京都は、足立区の生後6ヶ月の男児がハチミツを与えられたことによる乳児ボツリヌス症で死亡した、と発表しました。まだ記憶に新しい出来事ですが、衝撃を受けられた方も多かったのではないでしょうか。

乳児ボツリヌス症の国内での発生は、国立感染症研究所によると過去に30例あまりありますが1、死亡例は国内初とのことです。厚生労働省は、「ハチミツを与えるのは1歳を過ぎてから」という通達を1987年から出していましたが、今回の事例をうけて、ホームページやTwitterで改めて注意喚起を行っています2

腸内細菌叢は出生後1〜2年で様々に変化する

Mykinsoラボでは以前に、妊娠と出産、母乳と腸内細菌叢とのかかわりについて紹介しました。

母親の細菌叢は妊娠や出産とどう関係するのか——母体と胎児の細菌生態学

腸内細菌叢の確立を支える母乳の奇跡

乳児は腸内細菌叢を母親から受け継ぎ、授乳や母親との接触を通じて、1〜2年かけて腸内細菌叢を形成します3。腸内細菌叢のバランスは、感染症や生活習慣病など、身近なわれわれの健康と関わっていると言われています。

なお、生後2週間までは、初乳に含まれる成分が菌の定着、増殖をおさえていると考えられています1

腸内細菌とボツリヌス菌との関係

ヒトの成人の腸内細菌叢は多くの種類の細菌から成り立っていますが、それに比べると乳児の腸内細菌叢はシンプルで細菌の種類が少ないといわれています。生後1年未満の、腸内細菌叢が未発達な乳児がクロストリジウム・ボツリヌス(ボツリヌス菌)を含んだ食材を摂取すると、ボツリヌス菌の繁殖を抑える腸内細菌叢が機能しないために腸管内でボツリヌス菌の発芽や増殖が起こり、産生された毒素によって乳児ボツリヌス症を発症すると考えられています1,4

「腸内細菌がボツリヌス菌の増殖を防ぐ」ということが報告されたのはずいぶん昔で、1970〜80年代にかけてでした。マウスを用いた実験では、抗生物質を投与して腸内細菌の働きを低下させると、正常なマウスと比べてボツリヌス菌が増殖しやすいことがわかりました5。また、薬物処理した大人のマウスと同様、乳児のマウスでも同様にボツリヌス菌の増殖が見られました

1988年にSullivanらは、健康な乳児の便に含まれるビフィズス菌やバクテロイデス属といった腸内細菌がボツリヌス菌の増殖を抑制することを示しました7。この研究により、ビフィズス菌やバクテロイデス属が乳児ボツリヌス症のなりやすさに影響していることが示唆されました。

ボツリヌス菌ってどんな菌?

ボツリヌス菌は、芽胞という硬い殻のようなものを形成する偏性嫌気性グラム陽性桿菌であり、生物学的性質と遺伝学的分類でⅠ〜Ⅳ群に分けられています1,4。産生される毒素は、抗原性の違いによりA〜G型の7種類に分類されています。Ⅰ群の菌はA, B, F型、Ⅱ群はB, E, F型、Ⅲ群はC, D型、Ⅳ群はG型の毒素をそれぞれ産生することが知られており、一般的には、毒素の種類で菌を分類することが多いようです。

ボツリヌス菌は、ハチミツなどの食材中には硬い殻につつまれた芽胞の状態で存在し、短時間の加熱では死滅しません。芽胞耐熱性は、Ⅰ群で120℃ 4分、Ⅱ群で80℃ 6分、Ⅲ群で100℃15分とされています1。ですので、「ハチミツを料理に入れて、加熱したから安心!」ということはないので、くれぐれもご注意くださいね。

ボツリヌス菌は、ボツリヌス毒素を腸管内で産生します。消化管から体内によりこまれたボツリヌス毒素は、神経筋接合部に作用し、筋肉の麻痺を起こします1,4

ボツリヌス菌はどんな食品に含まれているのか

はちみつ、コーンシロップ、滅菌されていない野菜ジュース、辛子レンコン、いずし類、瓶詰や缶詰、食品ではありませんが井戸水での発症報告もあります1。アメリカでは、自家製の瓶詰・缶詰に対して注意喚起がなされています8。乳児ボツリヌス症との関連がはっきりしているわけではありませんが、黒糖からボツリヌス菌が検出されたという報告もあります9

ところで、「授乳中のお母さんがハチミツを食べた場合、赤ちゃんに母乳をあげても大丈夫?」という疑問がうかぶ人もいるかもしれませんね。この場合は、ボツリヌス菌が母乳中に移行することはありませんので、大丈夫です10

乳児ボツリヌス症の特徴や症状は

乳児ボツリヌス症を発症したうちの95%が、生後6週間〜6ヶ月であるといわれ11、日本の報告例も全例が1歳未満です1。ほとんどは、A型ないしB型の毒素を産生するⅠ群ボツリヌス菌の感染によって起こっていますが、少数は他の型で起こります11。母乳のみを与えられている乳児は、人工乳を与えられている乳児よりも感染しやすいことが知られていますが4,11、一方で母乳は感染から発症までの時期を遅らせる作用があるとも言われています4

発症後、急激に進行する場合もあれば徐々に異常がでてくることもあり、症状の進み方には幅があるのが特徴です。

症状は、便秘状態が数日(3日かそれ以上)続き、全身の筋力低下、哺乳力の低下、泣き声が弱くなる、などが挙げられています。便秘は95%以上にみられるという報告があります11。筋力低下が出てくるのがだいたい4〜5日目といわれており、便秘が起きてから筋力低下を発症するまでの期間は0〜24日と幅があることが報告されています11。熱が出ることもあるようです1

特徴的な症状としては、顔面が無表情となり、首の筋肉が弛緩して頭を支えられなくなることなどが挙げられます。眼瞼下垂、瞳孔散大、対光反射が緩慢になるなどの症状が見られることもあります。中には、急な呼吸停止が起こり、呼吸管理が必要になる場合もあります。生後2ヶ月以下では、進行が早く重篤であるといわれています11

1〜2週間のうちに、これらの症状は進行が止まり、回復に向かいます。回復しても、便からは1〜6ヶ月の長期にわたって菌が排泄されることは珍しくありません

乳児ボツリヌス症の診断と治療

診断は、便から菌および毒素を検出することにより行われ、毒素の型を同定します。

治療は、菌に対しては抗生剤がまず頭に浮かぶかもしれませんが、抗生剤はボツリヌス菌を溶かして毒素を放出する可能性があり、他の感染が合併した時にしか使用しません4,11。また、抗生剤投与は、腸内細菌のバランスをさらに乱す可能性もあります。ですので、抗生剤は与えずに、栄養や呼吸管理などの対症療法が主な治療になります。

治療薬として、アメリカで抗ボツリヌスヒト免疫グロブリン製剤(BIG-Ⅳ, BabyBig®)が認可承認を受けており、入院期間の短縮に役立つことが報告されています12。 しかし、日本ではまだ認可されていません。

おわりに

今回は乳児ボツリヌス症について紹介しました。繰り返しのお願いになりますが、1歳未満の乳児には、くれぐれもハチミツを与えないように注意しましょう!

■参考文献

  1. 国立感染症研究所レファランス委員会 地方衛生研究所全国協議会編集・発行(平成24年) 「ボツリヌス症」
  2. 厚生労働省 ハチミツを与えるのは1歳を過ぎてから。
  3. Mark R. Charbonneau, Laura V. Blanton, Daniel B. DiGiulio, et al. A microbial perspective of human developmental biology. Neture 2016;535:48-54
  4. Stephen S. Arnon., Pediatric Infectious Disease, 6th edition, chapter 159.
  5. Moberg L.J , Sugiyama H. Microbial ecological basis of infant botulism as studied with germfree mice. Immun. 1979;25:653-657
  6. Sugiyama H., Mills D.C. Intraintestinal toxin in infant mice challenged intragasterically with Clistridium botulinum spores. Immun. 1978;21:59-63
  7. Sullivan H ,Mills D.,Riemann H., et al. Inhibition of growth of Clistridium botulinum by intestinal microflora isolated from healthy infants. Ecol. Health Dis. 1988;1:179-192
  8. Centers for Disease Control and Prevention(CDC)ホームページ “Home Canned Foods” https://www.cdc.gov/botulism/consumer.html
  9. Nakano H., Yoshikuni Y., Hashimoto H., Sakaguchi G. Detection of Clistridium botulinum in natural sweetening. International Journal of Food and Microbiology. 1992; 16:117-121
  10. http://www.Infantbotulism.org FAQ
  11. Brook I. Infant botulism. Journal of Perinatology. 2007;27:175-180
  12. Arnon S., Schechter R., Maslanka S., et al. Human Botulism Immune Globulin for the Treatment of Infant botulism. N Engl J Med. 2006;354:462-71