2017年6月6日

腸内の栄養環境の変化が病原性微生物の増殖につながる

カリフォルニア大学医学部デービス校細菌学・免疫学講座のA. J. Bäumler博士とテキサス大学医学部細菌学・生化学講座のV. Sperandio博士は、『nature』online版2016年7月7日号の腸内細菌叢に関するレビューで、病原性微生物は腸内細菌叢を構成する多様な細菌との相互作用の中で、あるイベントをきっかけとしてコロニーを形成し、やがて病原性を発揮するようになると報告している。

そのイベントは2つある。1つは、抗生物質の使用に起因する腸内細菌叢構成の破綻を出発点とする細菌叢の変化、そして、引き続く腸内環境の変化である。もう1つは、病原性微生物が引き起こした炎症に起因する腸内環境の変化である。

イベントの内容こそ異なるものの、いずれも腸内環境の変化、具体的には腸内の栄養環境の変化が病原性微生物の感染成立と密接に関連していることが、最新の技術を用いたアプローチによって急速に解明されようとしている。

抗生物質が引き起こす皮肉

前稿「大腸で栄養素をめぐる病原性細菌と腸内細菌叢の争い」では、致命的な大腸炎につながるClostridium difficile(ディフィシル菌)のコロニー形成に対して、抗生物質の使用は重大な危険因子であることを紹介した。

抗生物質は、一般に静菌性または殺菌性であり、感染症に対する「魔法の弾丸」とも呼ばれ、医学に革命をもたらした。しかしその一方で、病原性微生物ばかりでなくヒトの健康に有益な細菌に対しても、無差別に増殖を抑制したり殺したりするはたらきを持っている。

抗生物質は、腸内細菌叢のゲノム構成や機能的特徴を変えることがあり、その効果は迅速かつ時には永続的である。腸内細菌叢に多様性があることで侵入病原菌のコロニー形成を抑制しているが、抗生物質によって多様性が低下すると腸内毒素症発症に直結する

ホストの炎症反応が腸内環境変化の決定的な要因か

腸内毒素症は、ほとんどの場合プロテオバクテリア門Enterobacteriaceae科細菌メンバーの多様性低減や偏性嫌気性菌の減少、そして通性嫌気性細菌の増加などに特徴付けられる。このような腸内細菌叢構成の変化や不均衡は抗生物質の使用で見られるが、化学的に誘発された大腸炎および遺伝的に誘発された大腸炎を有するマウスでも観察される。

このことから、腸内細菌叢構成の変化や不均衡は、おそらくホストの炎症反応によって改変された栄養環境を反映していると考えられる。

炎症に伴って変化する粘液構成多糖類がホストを保護する

腸管内腔の栄養素の可用性は炎症時に変更されるが、これは粘液炭水化物の組成変化を介している。

マウスおよびアカゲザルの例では、Salmonella Typhimurium(ネズミチフス菌)感染時に、免疫細胞がインターロイキン22(IL-22)を産生する。IL-22は大腸上皮細胞にはたらきかけ、腸上皮粘液をフコシル化(フコースを付加)することで粘膜防御能力を強化する。同様に、ネズミチフス菌に感染して大腸炎を起こしているマウスでは、グリカンのフコシル化の強化も見られるが、その強化の程度はフコースの利用に関与するタンパク質合成量の上昇と相関している。

Citrobacter rodentium(腸粘膜肥厚症菌)によって誘導される粘液のフコシル化も、ホストを保護する機能をもつ。具体的には、粘液のフコシル化によって腸内細菌叢組成が変化し、病原性片利共生菌であるEnterococcus faecalis(糞便レンサ球菌)が増殖したり上皮に侵入したりすることを防ぐことで、ホストを保護する。

硝酸塩を利用する病原性Enterobacteriaceae科細菌の戦略

炎症や抗生物質による腸内細菌叢に対する撹乱がない場合、腸内細菌叢のメンバーは、利用可能な栄養素のニッチすべてを占めている。したがって病原性Enterobacteriaceae科細菌がコミュニティに侵入することは極めて困難である。これを打破するために彼らが用いる戦略は、炎症を誘発することで腸内に呼吸栄養素の新たなニッチを作り出すことである。

炎症に伴う腸の栄養環境を変化させる要因には、炎症継続時の活性酸素および窒素の生成などがある。

インターフェロンγ(IFN-γ)のような前炎症性サイトカインは、腸上皮において二酸化オキシダーゼ2を活性化し、過酸化水素を産生する。クローン病および潰瘍性大腸炎の患者の腸粘膜では、プロテオバクテリア門細菌の増殖と相関して、二酸化オキシダーゼ2をコードする遺伝子DUOX2の発現が増加する。

IFN-γはまた、L-アルギニンからの一酸化窒素産生を触媒する誘導性一酸化窒素シンターゼをコードする遺伝子Nos2の上皮発現を誘導する。その結果、炎症性腸疾患患者の結腸で産生されるガスに含まれる一酸化窒素の濃度は上昇する。

活性酸素および窒素は抗菌活性を有するが、これらのラジカルは上皮から拡散すると、直ちに腸管内腔に非毒性化合物を形成する。例えば、腸上皮のホスト自身の酵素による炎症継続中には、硝酸塩を形成するように反応する。炎症に伴うこの副生成物は、化学的に大腸炎を誘発されたマウス腸内にも高濃度に存在する。

こうして形成された硝酸塩は、硝酸塩呼吸と呼ばれるプロセスで利用される。

硝酸塩は、Enterobacteriaceae科細菌の間で広く保持されている硝酸リダクターゼという酵素によって還元され、呼吸のための電子伝達系に結びつけられる。しかしそれらをコードする遺伝子は、偏性嫌気性のクロストリジウム網細菌やバクテロイデス網細菌のゲノムには存在しない。

つまり、ホストの炎症反応の副生成物として生成され、病原性Enterobacteriaceae科細菌の呼吸と関連する電子受容体は、この細菌の増殖のためだけのニッチを作り出すのである。このような呼吸栄養素に関連するニッチ創出は、病原性Enterobacteriaceae科細菌が腸内生態系に侵入するために使用する戦略の重要な推進要因なのである。

ネズミチフス菌も硝酸塩呼吸を利用

硝酸塩呼吸は、病原性Enterobacteriaceae科細菌の一種であるネズミチフス菌も、感染成立のために利用するアプローチである。

経口感染では、ネズミチフス菌はホストの組織で生き残るために、ホスト細胞に接着して機能を奪い取る必要がある。そのために、微小な注射器様装置であるⅢ型分泌システム(T3SS-1)を用いて腸の上皮細胞に侵入し、さらにT3SS-2を用いて細胞内での生き残りを果たす。

これらのプロセスはいずれも、ウシおよび胃腸炎のモデルマウスで急性腸炎を誘発するホストの炎症応答は、糞便−経口経路を介して新しいホストへの伝播に必要とされる管腔内のネズミチフス菌の増殖を促進する。このような増殖によってネズミチフス菌は、偏性嫌気性のクロストリジウム網細菌およびバクテロイデス網細菌と競合することが可能になる。

そしてまたこの戦略は、限られた資源をめぐってEscherichia coli(大腸菌)に代表される共生Enterobacteriaceae科細菌との戦いを導く。具体的には、ネズミチフス菌は硝酸塩呼吸によって炎症を起こした腸内で増殖し、同様の戦略を追求する共生Enterobacteriaceae科細菌との競争となる。

しかしながら、ネズミチフス菌はライバルよりも炎症由来の電子受容体を広い範囲にわたって利用する能力があるため、この競争の中では優位に立つことができる。その電子受容体の供給源の1つは、腸内細菌叢のメンバーで硫酸塩を還元することができるDesulfovibrio属細菌である。かれらは硫化水素を放出し、硫化水素は結腸上皮で毒性を回避するためにチオ硫酸塩に変換される。このチオ硫酸塩が利用されてしまうのだ。

病原性微生物の病原因子の展開は、腸粘膜への好中球の動員につながる。補充された好中球の一部は腸管内腔に移動し、上皮近傍の細菌を貪食することによって粘膜を保護するのに役立つ。

しかし、食細胞産生NADPHオキシダーゼ2(チトクロームb-245重鎖としても知られている)によって生成される活性酸素は、チオ硫酸塩をテトラチオン酸に変換する。テトラチオン酸は、炎症継続中の腸管管腔内でネズミチフス菌の増殖を支える呼吸電子アクセプターである。

テトラチオン酸の呼吸への利用はサルモネラ菌類の特徴であり、1923年以来臨床微生物学研究所での分類に使用されてきたほどである。サルモネラ菌類が占める呼吸栄養素のニッチは、炎症を継続している腸内で競合関係にある共生Enterobacteriaceae科細菌を打ち負かす戦略の一部であることは間違いない。

遊離鉄をめぐるホストと病原性微生物との戦い

ホストの免疫細胞が放出するIL-22は、マウスおよびアカゲザルの炎症を起こしている腸管上皮から、好中球ゼラチナーゼ関連リポカリンとしても知られている抗菌タンパク質リポカリン-2の分泌を誘導する

リポカリン-2は自然免疫と関連しており、細菌に必要な鉄の取り込みを阻害する。Enterobacteriaceae科細菌が体外の遊離鉄を取り込むために産生するシデロフォア類(エンテロバクチン)にリポカリン-2が結合することで、腸管内腔での細菌の増殖を制限しているのである。

ネズミチフス菌およびいくつかの共生大腸菌は、これに対抗して、リポカリン-2に結合しないエンテロバクチンのグリコシル化誘導体(サルモシリン)を産生し、鉄を取り込もうとする。

潰瘍性大腸炎の治療にも用いられるプロバイオティックな大腸菌Nissle 1917株は、サルモシリン、さらに同じくリポカリン-2と結合しない2種のシデロフォア(エルシニアバクチンとエアロバクチン)を産生する。Nissle 1917株が鉄を取り込み、遊離鉄が不足した環境を作ることで、炎症を起こした腸管内腔でのネズミチフス菌の増殖を制限することができる。

逆に、リポカリン-2の分泌は、鉄の獲得にエンテロバクチンしか使えない共生Enterobacteriaceae科細菌を排除することから、ネズミチフス菌にとって有利にはたらく。

腸の炎症に起因する遊離鉄の不足は、病原性および共生Enterobacteriaceae科細菌間の戦場を作り出す。この戦場ではタンパク質ベースのコリシンと呼ばれる、ホストに対してはそれほど影響を与えない毒素が使われる。

遊離鉄が不足した環境はまた、一般にコリシンの受容体として働くシデロフォア受容体タンパク質の合成を、細菌外膜に誘導する。コリシンI受容体(CirA)と名付けられたこのシデロフォア受容体タンパク質の発現は、ネズミチフス菌によって産生されたコリシンIbに対する感受性を共生大腸菌に付与する。

このようにホストの炎症応答によって生じる呼吸性栄養ニッチは、栄養および抗菌戦略などの多様な武器を用いて、共生および病原性Enterobacteriaceae科細菌が覇権を競う戦場なのである。

■参考文献