腸の受容体が腸内細菌叢を選り好みする
近年、腸内細菌の変化とさまざまな疾患との関連が取りざたされるようになっています。動物実験を中心した研究から、腸内細菌のバランスが悪くなることが病気の原因かもしれないとまで言われています。
しかし、ヒトは生まれる前、つまりお母さんのお腹にいるときは無菌状態です。出産後、母親と触れたり、周囲の環境にさらされたりすることで、共生する微生物を獲得します。最近の研究から、微生物に暴露する出産後の早い時期が、免疫系の発達に欠かせないことがわかってきました。
今回ご紹介する研究は、この産後早期の重要な期間において、宿主側のどのような因子が腸内細菌との共生に影響を与えるかをマウスで調べたものです1)。
新生児マウスの腸に高発現するトル様受容体5 (TLR5)とは?
出生後に重要な役割をはたす宿主側の因子をさがすため、生後3日目と、げっ歯類が離乳する生後21日目の腸上皮からRNAを抽出して、自然免疫系の受容体の発現を調べました。
すると、トル様受容体5(TLR5)が生後21日目に比べて生後3日目で高発現していることがわかりました。以前には、TLR5が欠損した成獣マウスでは、欠損していないマウスに比べて肥満や糖尿病といったメタボリック症候群を呈し、腸内細菌叢も両者でことなることが報告されています2)。
腸上皮TLR5は鞭毛をもたない菌を好んで選択する
TLRファミリーメンバーの中でTLR5は、細菌の鞭毛の成分であるフラジェリンを認識する受容体として知られています。
そこで次に、新生児マウスの腸上皮に発現するTLR5が、鞭毛をもつ細菌ならびに鞭毛をもたない細菌の選択にどのような影響を与えるかを調べるために、サルモネラ菌を使って以下のような実験をしました。
サルモネラは、ヒトをはじめとして病原性を示す細菌であり、食中毒の原因菌として知られています。また、通常サルモネラには鞭毛がありますが、ここでは鞭毛をもたない変異株(ΔfljB/fliC)も用います。
実験では、通常のサルモネラと鞭毛をもたないサルモネラを1:1の割合で混合し、新生児マウス(WTマウスもしくはTLR5欠損マウス)に投与し、24時間後の菌の割合を調べました。
すると、TLR5欠損マウスでは鞭毛をもつサルモネラと鞭毛をもたないサルモネラはほぼ同等でしたが、WTマウスでは鞭毛をもたないサルモネラが鞭毛をもつサルモネラの10倍の数になっていました。しかし、この効果は成獣マウスで実験したときには認めませんでした。
つまり、新生児マウスの腸上皮に発現するTLR5は、鞭毛をもたない細菌をより好んで選択し腸管に定着させることがわかりました。
新生児マウスの腸内細菌叢を調べる実験の難しさ
次に、TLR5が新生児の腸内細菌叢にどのような影響を与えるかを調べるため、WTマウスとTLR5欠損マウスを用いた実験をしました。
しかし、ただWTマウスとTLR5欠損マウスの新生児の糞便を集めて解析するのでは好ましくありません。なぜなら親マウスであるWTならびにTLR5欠損マウスの腸内細菌叢がすでに異なっている(TLR5欠損マウスでは鞭毛をもつ細菌が多い)ため、その影響が仔に大きく反映されてしまうからです。その問題点を克服するために、この研究ではいくつかのアプローチを行いました。
1つ目は”Co-housing”実験です。マウスは糞食をする習性があることを利用して、腸内細菌叢の異なる2匹以上のマウスを同じケージ内で一定期間飼育して、腸内細菌叢をより同一に近づけようとする手法です。妊娠初期のWTのメスマウスならびにTLR5欠損のメスマウスを同一ケージ内で飼育し、出産直前にケージを分けて、出生1週後に仔の腸内細菌を調べました。すると、両者では複数の細菌の量が変化し、異なった菌叢をもつことがわかりました。
2つ目は“Cross-breeding”実験です。TLR5+/-のヘテロマウス同士をかけあわせて、出生1週後に仔のWT、TLR5+/-、TLR5-/-の菌叢を調べました。ところが、これらのマウスで菌叢の違いを認めませんでした。つまり、2つの実験から相反する結果が得られ、実験手法自体の問題(結果にバイアスをかける他の因子の存在など)が疑われました。
新生児の腸上皮TLR5が腸内細菌叢を選択的に定着させる
そこで引き続き、TLR5が新生児の腸内細菌叢にどのような影響を与えるかを調べるため、より精度の高い実験として、糞便移植実験を行いました。
WTマウスならびにTLR5欠損マウスの糞便を、新生児WTマウスに移植しました。すると移植後14日後に比べて28日後において、より両者の菌叢が似かよることがわかりました。さらにこの菌叢が似る影響は、出生後半年という長期間続くこともわかりました。
同じ糞便移植実験を成獣WTマウスに行っても、WT糞便を移植されたマウスとTLR5欠損マウス糞便を移植されたマウスで、菌叢が似かよることはありませんでした。またWTマウスならびにTLR5欠損マウスの糞便を、新生児TLR5欠損マウスに移植しても、両者の菌叢が似かよることはありませんでした。
すなわち、新生児マウスの腸上皮TLR5は、腸内細菌叢を選択的に定着させ、その影響は長期間続くことがわかりました。
大人になってからの影響は今後の課題
今後は、この新生児期に選択された菌叢が、大人になって以降の健康にどのような影響をもたらすかが注目されます。例えば、TLR5遺伝子の塩基多型とクローン病発症とのあいだに相関があることが知られており、疾患の発症とも関係があるかもしれません。
参考文献
- Fulde M, et al. Neonatal selection by Toll-like receptor 5 influences long-term gut microbiota composition. Nature. 2018; 560(7719): 489-493.
- Vijay-Kumar M, et al. Metabolic syndrome and altered gut microbiota in mice lacking Toll-like receptor 5. Science. 2010; 328(5975): 228-31.