2017年5月30日

ウマの食糞(後編)——生きるための細菌・物質・知恵が詰まった糞

前編では仔馬の食糞と細菌叢がどのように構築されるのか、そのダイナミックな変化を紹介してきました。今回の後編では、仔馬の細菌叢のはたらきにも注目してご紹介いたします。

はたらきの異なる細菌は異なるタイミングで増殖を始める

おもしろい実験を紹介します。まず、炭水化物を分解する細菌叢のはたらきに着目し、生後0〜180日齢の仔馬の細菌叢の変遷について調べられました。

嫌気性細菌、乳酸利用細菌およびアミロース分解細菌は生後0〜2日齢で急激に構築され、総菌数も増加しました。それらの細菌が生成する揮発性脂肪酸の増加から、活性も高くなっていることが明らかになりました。

一方、セルロース分解性のFibrobacter succinogenesなどの細菌は、生後2〜5日齢から出現し、30〜60日まで増加して安定しますが、生成される揮発性脂肪酸である酢酸塩の割合などから、その分解活性は2週齢から上昇すると考えられました。

そして60日齢以降は、細菌構成や活性の大きな変化は見られなかったため、細菌による炭水化物分解能は2ヶ月齢ごろに確立されることが示されました。

これらの結果からは、はたらきの異なる細菌が異なるタイミングで増加し、作用していることが分かります。

母親が食べるもので細菌叢構築のスピードが変わる

次に、仔馬の出生前45日〜生後60日齢の母親に発酵食品を与えた場合の仔馬の炭水化物分解能への影響が調べられました。

発酵食品を与えた母親の子では、嫌気性菌や乳酸利用細菌で構成される細菌叢が最初の生後2日間でより急激に構築されることや、栄養となるプロピオン酸の割合増加が早期から起こることが明らかになりました。ところが、セルロース分解細菌への影響は見られませんでした。

結果として、母親に発酵食品を付加的に与えることは、仔馬の消化に寄与する細菌叢構築、および0〜5日齢の仔馬の細菌叢の活性上昇などに効果があることが示唆されました。

母親の糞にはビタミン、ミネラル、感染抑制物質も

最初の2~3週間は、食糞の栄養的価値もあり、特に通常の食事では摂取しにくいビタミンやミネラルを摂取できます。

また、母親の糞には、デオキシコール酸という胆汁酸も含まれています。これは、肝臓で生成されたケノデオキシコール酸が腸内細菌により代謝されて生成されるため、仔馬にはまだ生成できません。そのため、母親の糞を毎日一日中、少しずつ摂取することでデオキシコール酸を摂取します。

デオキシコール酸には、消化管内のウイルスや細菌の感染を防ぐ作用があるため、仔馬にとっては致命的となる腸炎にかかりにくくなるという意味合いがあるのです。このデオキシコール酸、消化器の免疫能の上昇のみならず、神経系の発達であるミエリン形成や神経機能にも重要であると言われています。

糞から学ぶ食草の選び方

さらに研究によると、母親と仔馬は同じ食草を選んで食べていることが明らかにもなっています。これにより、仔馬は毒を含む植物を避けることができると考えられています。

仔馬は4〜6週で活発になり、この時期には親と離れる時間が多くなります。その時期に、食糞量が増えるとともに食草の選択が進んでいることが明らかになっています。

このことから、視覚的に母親の食べる食草を真似ているという可能性も否定はできませんが、空間的な近さよりも食糞の結果、食草の嗜好性が定まっていると考えるのが妥当であるとされています。

食糞によって生きるために必要なものを取り込む

このように、生きるのに必要な腸内細菌叢や栄養素だけでなく、食草の知識までも、仔馬は母親からの食糞によって摂取しているのです。今回は少し細かく細菌の移り変わりやはたらきにも着目してみましたが、目に見えない小さな細菌たちがダイナミックに移り変わり、はたらく様子もなかなかおもしろい世界ではないでしょうか。

■参考文献