2017年5月23日

ウマの食糞(前編)——母親と同じ細菌叢になるために

前回はウサギの食糞と腸内細菌叢について解説しましたが、その際にウマとウサギは似ているというお話も少ししました。ウサギ同様、ウマにとっても腸内細菌は無くてはならない重要な存在です。今回は、ウマの少し異なる食糞と細菌叢のはたらきについて、前後編2回に分けてご紹介します。

仔馬が食べる糞は母親のものだけ

ウマはウサギと異なり、仔馬のみ食糞をします。それ以外での食糞は、不適切な食餌内容や飼育環境に起因する問題行動とみなされます。仔馬が母親の糞を活発に食べ始めるのは生後7日ごろで、最初の2~3週間が最も頻度が高く、その後6ヶ月齢ごろまで続きます。

このとき、対象となる糞はほぼ母親のものだけで、無関係な大人のウマの糞を食べることはほとんどありません。実験的に、他の個体の糞を与えて試した場合にも、仔馬の食糞行動は見られませんでした。

初期の仔馬はフレーメン(ウシやウマなどがフェロモンなどの特定の匂い物質を嗅ぐ際に行う特別な顔の動きで、唇をまくり上げたり眼を回したりと独特な表情になる)を頻繁に行いますが、食糞の際にもこの顔の動きをしながら食べます。このことから、母親の糞には仔馬の食糞を促すフェロモンや化合物が含まれており、これが仔馬に直ちに食糞行動を取るように働きかけると考えられています。

母親の糞を食べて細菌叢を取り入れる

赤ちゃんのウサギと同様、仔馬も母親の糞を食べることで微生物を取り込み、消化管内の細菌叢を構築、維持します。生まれた直後の仔馬の便(胎便)には、細菌が含まれていないことが報告されています。

また、母親と仔馬の糞に含まれる細菌の遺伝子解析を行ったところ、生後0日の仔馬の糞中には細菌はほとんど見られず、最初の4日間で菌数の増加、14日ごろには母親とほぼ同じ菌の構成を示すという結果も得られています。さらに、最初の2週齢ごろまでの初期の仔馬で検出される細菌の中には、42日(6週齢)および84日(12週齢)の仔馬と母親の糞からは検出されないものもあります。

これらの結果から、最初の無菌状態から時間をかけて消化管内細菌叢が変化し、徐々に母親と同じ菌叢に変わっていくことが示唆されています。

仔馬の細菌叢は不安定で変化しやすい

もう少し詳しく、仔馬のダイナミックな腸内細菌の変化を見てみましょう。出生直後の仔馬は生後24時間で母親との接触や環境由来の多様な細菌を取り込み、この段階では好気性細菌と通性嫌気性細菌の割合が高くなっています。

その後、仔馬が成長するにつれて、通性嫌気性細菌は減少し、偏性嫌気性細菌に置き換わっていきます。生後最初の1週間の間に通性嫌気性菌と偏性嫌気性菌の割合は入れ替わり、生後12週には糞中の偏性嫌気性菌は109 CFU/gにも達します。優先菌種も、エンテロコッカスなどからバクテロイデスなどに変化していきます。

しかし生後10日ごろには、突如として嫌気性細菌が減少したり、セルロース分解能が低下したりすることもあります。このことからも、この時期の仔馬の持つ外部由来の菌叢の不安定さや、消化管内の細菌叢の防御維持能力が低い状態にあることがわかります。

仔馬自身の細菌叢が母親のように安定して、完全に複雑な菌叢になるには、離乳時期(4〜6ヶ月ごろ)までかかります。

このような、優勢菌種が好気性細菌から嫌気性細菌の菌叢に置き換わる変化は、ヒツジなどの反芻獣の若齢期にも見られるものです。一方、ウサギを除いた単胃動物では、離乳時にのみ見られるとされています。

腸内でせめぎ合う細菌たちの躍動

このような初期の劇的な変化を経て、仔馬の細菌叢は形成されていきます。腸内でせめぎ合う細菌たちの躍動が伝わってくるような気がします。後編では、そんな仔馬の食糞や細菌叢がどのような機能や役割を果たしていくのか、ご紹介したいと思います。

ウマの食糞(後編)——生きるための細菌・物質・知恵が詰まった糞

■参考文献