2017年7月25日

腸内細菌が作るコラン酸が線虫の健康寿命を延ばす

医学の進歩により、現在の日本は4人に1人が高齢者という超高齢化社会に突入しています。そのような社会において、病気をしないで元気に年をとること、加齢に伴う病気にかからないことは、健康を維持するのみならず、膨大な社会保障費を抑制するうえでも重要な課題になっています。そのため最近の医学研究では、「老化」がどのような機序で進むのかを理解しようという試みが進んでいます。様々な観点から研究が進んでおり、腸内微生物叢に着目したアプローチも例外ではありません。今回は、腸内細菌のもつ遺伝子が、宿主の寿命に影響を与えるという最近の研究結果をお伝えします。1)

線虫と遺伝子改変大腸菌を使った老化モデル

今回の研究では、C. elegansという線虫の一種をモデル生物として使っています。C. elegansは寿命がたった3週間程度と短く、老化を研究するのに適した実験動物です。また、通常の飼育環境では、C. elegansの腸内には大腸菌のみが生着しています。

今回の研究の目的は、腸内細菌である大腸菌のもつ遺伝子の中で、宿主の老化に影響を与えるものを同定し、その機序を明らかにすることです。著者らは、4000種類に及ぶ遺伝子改変大腸菌を用意して、それらをC. elegansに定着させ、線虫の寿命を調査することから実験を始めました。

老化に関連する大腸菌遺伝子と代謝産物の同定

この気の遠くなるような数のスクリーニングから、29種類の大腸菌遺伝子欠損株が線虫の寿命を伸ばすことが判明しました。また、29種類のうち13種類の遺伝子欠損株で、加齢と関連する病気(がん、アルツハイマー病)に対して抵抗性を示しました。

これらのうち2種類の遺伝子(lonhns)は、大腸菌からの多糖類「コラン酸」の産生を負に制御することが知られています。大腸菌でのコラン酸の生合成にはRcsAという転写因子が中心的な役割を果たしています。そして、LonやH-NSはRcsAを抑制することで、コラン酸の産生を抑えています。実際にこれらの欠損株(Δlon, Δhns)では、大量のコラン酸の産生が見られました。

コラン酸が健康長寿に良い影響を与えているのではと考え、通常の大腸菌(あまりコラン酸産生量が多くない菌株)にコラン酸を投与すると、欠損株(Δlon, Δhns)と同程度にまで線虫の寿命が延長しました。つまり、この代謝産物が線虫の寿命に影響を与えていることがわかりました。

コラン酸は宿主のミトコンドリアに作用する

次にどのようにコラン酸が寿命を延長させるのかを調べるために、さまざまな遺伝子改変の線虫を用いて調べました。

その結果、線虫のミトコンドリア電子伝達系に関わる遺伝子が欠損した場合に、コラン酸による寿命延長効果が見られませんでした。つまりコラン酸は、宿主のミトコンドリア電子伝達系に作用して寿命を延長させると考えられました。実際、野生型の(遺伝子変異のない)線虫にコラン酸を投与すると、ミトコンドリアの分裂や小胞体ストレス応答が促進されて、寿命の延長につながることがわかりました。

また、ショウジョウバエを使った実験でもコラン酸が寿命を伸ばしたことから、その作用は種を超えて保存されている可能性があります。

しかし、今回の発見がそのままヒトをはじめとした哺乳類にも当てはまるかは、まだわかりません。ヒトの場合は、腸内に数百種類もの細菌を持っており、より宿主と微生物叢の相互作用も複雑になります。次回も長寿と腸内細菌についての話題を続けます。

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■参考文献

  1. Han B, et al. Microbial Genetic Composition Tunes Host Longevity. Cell. 2017; 169(7): 1249-1262.