神経難病「多発性硬化症」に関わる腸内細菌が見つかった!
多発性硬化症(MS)という病気はご存じでしょうか。MSは、脳や脊髄、視神経に炎症性の病変ができ、視力障害や手足の麻痺、感覚障害といった症状が現れる慢性の神経疾患です。このMSについて、米国科学アカデミー紀要から2報同時に新たな研究結果が発表され、いずれも腸内細菌との関係を示唆するものでした。
多発性硬化症では脳の情報がスムーズに伝わらない
通常、脳の情報は、神経細胞を介して体全体へと伝えられています。神経細胞の一部分が突起のように長く伸び、脳の情報を伝えるはたらきをする部分が軸索です。軸索は、ミエリンというカバーで覆われていて、これのおかげで脳の情報をスムーズに伝えることができます。
しかし、MSでは、ミエリンが何らかの原因で障害され、軸索がむき出しになってしまいます。これを脱髄といい、脱髄が起きた神経では、情報がスムーズに伝わらなくなります。そのため、視力障害や手足の麻痺、感覚障害といった症状が現れます。日本では特定疾患に指定されている神経難病です。
多発性硬化症/視神経脊髄炎(指定難病13) – 難病情報センター
MS患者では腸内細菌叢が変化する
MSで脱髄がおきる原因として、自己免疫が関係していると考えられています。近年、さまざまな自己免疫疾患の病態に、腸内細菌叢が関与している可能性が注目されています。
日本でも世界に先駆けて、MS患者での腸内細菌叢が調査され、2015年に発表されました1)。その報告によると、
1) MS患者の腸内細菌叢は健常者と異なる
2) MSで減少していた細菌の多くはClostridia Cluster group XIVaとgroup IVに属する
ということがわかりました。 興味深いことに、同グループに属する他の細菌種が、炎症性のリンパ球に対して抑制的に機能するリンパ球(制御性T細胞)を効率よく誘導することも報告されています2)。
翌年には米国からも、MS患者の菌叢解析が報告されましたが、MS患者ではPseudomonas, Mycoplana, Haemophilus(ヘモフィラス), Blautia(ブラウティア), Dorea(ドレア)属が多く、Parabacteroides(パラバクテロイデス), Adlercreutzia(アドレクルーツィア), Prevotella(プレボテラ)属が少ないという結果であり、日本からの報告と一致しない点も多くありました3)。もしかすると、遺伝的背景や食生活の違いが原因かもしれません。
MS患者に多い菌が炎症性細胞を誘導した
今回報告された2報のうち、カリフォルニア大学のCekanaviciuteらは、健常者71名と未治療の再発寛解型MS患者71名の腸内細菌を解析しました4)。さまざまな薬剤が腸内細菌叢の構成に影響を与えることが知られているため、未治療患者の解析を行うことはとても有意義です。
両群で、腸内細菌の構成に大きな偏りは認められませんでしたが、MSに特徴的な細菌がいくつか同定されました。具体的には、MS患者では、Acinetobacter属とAkkermansia属が多く、Parabacteroides属が少なかったのです。
次に、これらの腸内細菌がMSの発症にどう関与しているかを検討しました。健常人由来の末梢血単核細胞からT細胞を分化誘導する実験で、Acinetobacter calcoaceticus (A. calcoaceticus)とAkkermansia muciniphila (A. muciniphila)をそれぞれ添加したところ、炎症性細胞であるTh1細胞の誘導が増加しました。一方、同様のT細胞分化誘導系で、Parabacteroides distasonis (P. distasonis)を添加すると、炎症を抑制する制御性T細胞が増加しました。
さらに、これらの現象が生体内でおきていることを確認するために、無菌マウスにそれぞれの菌を定着させ、リンパ組織でのT細胞を解析しました。A. muciniphila定着マウスでは前述のTh1細胞の誘導は起きませんでしたが、A. calcoaceticus定着マウスではTh1細胞が誘導され、P. distasonis定着マウスでは制御性T細胞が誘導されました。
最後に、腸内細菌叢の違いがMS発症の原因になるかを調べるために、健常者とMS患者の糞便をそれぞれマウスに移植して、MSモデルである実験的自己免疫性脳脊髄炎(EAE)の程度を比較しました。予想どおり、MS患者の糞便が定着したマウスでEAEが重症化し、また制御性T細胞が少ないという結果でした。
より厳格なデザインの試験でも同様の結果が得られた
ドイツのマックスプランク研究所から発表されたもう1報では、「片方がMS患者で、もう片方がMSではない」一卵性双生児のペア34組の糞便を解析するという、厳格な試験デザインを組みました5)。
こちらの研究でもやはり、MS患者でAkkermansia属が多いという結果が得られました。マウスに糞便を定着させる実験でも、MS患者の糞便が定着したマウスでEAEが重症化し、Cekanaviciuteらの報告を裏づける結果となりました。
腸内細菌叢に注目したMSの治療法開発に期待
これらの結果から、将来的にはMS患者の腸内細菌叢を変える、特に両方の研究で浮かび上がったAkkermansia属に焦点を当てた、新たなMS治療法の開発が期待されます。
参考文献
- Miyake S, et al. Dysbiosis in the Gut Microbiota of Patients with Multiple Sclerosis, with a Striking Depletion of Species Belonging to Clostridia XIVa and IV Clusters. PLoS One. 2015; 10(9): e0137429.
- Atarashi K, et al. Treg induction by a rationally selected mixture of Clostridia strains from the human microbiota. Nature. 2013; 500(7461): 232-6.
- Chen J, et al. Multiple sclerosis patients have a distinct gut microbiota compared to healthy controls. Sci Rep. 2016; 6:28484
- Cekanaviciute E, et al. Gut bacteria from multiple sclerosis patients modulate human T cells and exacerbate symptoms in mouse models. Proc Natl Acad Sci USA. 2017, in press
- Berer K, et al. Gut microbiota from multiple sclerosis patients enables spontaneous autoimmune encephalomyelitis in mice. Proc Natl Acad Sci USA. 2017, in press