2016年6月26日

病気を解明するモノサシができた!―日本人腸内細菌叢研究の新たな展開

病気を解明するモノサシ

腸内細菌叢が私たちの健康のさまざまな面に深く関わっていることが次々と明らかにされてきた。その中には、これまで生活習慣との関わりが強調されてきた肥満や糖尿病のような代謝系の病気、アレルギーのような免疫系の病気、大腸がん、うつや自閉症、神経難病に指定されている多発性硬化症なども含まれている。

これらの病気をもつ患者の腸内細菌叢は、健康な人のそれとは変容(ディスバイオシス)によって大きく異なっていることがわかってきた。

ディスバイオシス理解へのチャレンジ

メタゲノム解析の必要性

腸内細菌叢のどのような変容が、どのように病気と結びついているのかを解明するためには、まず健康な人々の腸内細菌叢の全体像を、遺伝子レベル(メタゲノム)で把握する必要がある。これまで次世代シーケンサーを用いたメタゲノム技術の進展によって、欧米・中国・南米・アフリカなどから病気を持つ患者も含めておよそ2000名のメタゲノム配列データが蓄積されてきた。

しかし、これらのデータをそのまま日本人に当てはめることはできない。なぜならば、腸内細菌叢は食生活を含めた生活習慣によって形作られるため、地域や文化による特異性があると考えられているからだ。

日本初の大規模解析

そこで、早稲田大学の服部正平教授が率いる6つの大学・機関の共同研究グループは、106名の日本人健常者を対象とする大規模なメタゲノム解析を行い、490万の遺伝子の特定に成功した。これは、日本人の病気と腸内細菌叢の変容との関連を診断するためのモノサシが確立されたことを意味している。さらに、これまでに蓄積されたデータと合わせると、世界12ヶ国の国民の腸内細菌叢から1200万もの遺伝子が特定されたことになる。この意義は大きい。

研究グループは同時に、日本人104名と11ヶ国757名の成人健常者のデータについて、菌叢構成やメタゲノム解析に基づく機能の比較分析を行った。その結果興味深いさまざまな発見があった。

メタゲノム解析から見えてきたこと

メタゲノム

3タイプに分類される腸内細菌叢

腸内細菌叢を構成する菌類の分析からは、12ヶ国は大きく3つのグループに分けられることが明らかにされた。

まずBacteroides属が多いグループ。ここには、ロシア、スペイン、デンマーク、中国、アメリカなどが含まれている。次に、Prevotella属が多いグループ。ここにはペルー、ベネズエラ、マラウイなどが含まれる。そして日本とオーストリア、フランス、スウェーデンはビフィズス菌が多いグループに属していることが分かった。また外国人では普通にみられる古細菌に属するメタン産生菌が、日本人の場合はとても少ないことも明らかにされた。

日本人腸内細菌叢の機能

次にメタゲノム解析によって機能の特性も明らかにされた。

第1のポイントは、日本人は炭水化物代謝がきわめて高いことである。炭水化物が分解されると、私たちの体内では、重要な栄養になる短鎖脂肪酸が、そして二酸化炭素と水素が生じるがその量が多いということなのだ。水素には強い抗酸化作用があるばかりでなく、日本人の腸内では短鎖脂肪酸の1つである酢酸の合成に使われていることもわかった。このことは日本人にはメタン産生菌が少ないため、外国人のように酢酸と水素がメタン合成の材料として無駄に使われることがないことを示している。

第2のポイントは、昆布や若布のような海藻中の多糖類分解酵素が日本人では特異的に多いということだ。海藻を常食にしている日本人だからこそ欠かせない消化酵素を作り出す細菌群が長い歴史の中で定着してきたのだろう。このような機能をもたらす腸内細菌叢の成立は当然食物と深く関わっている。しかし、日本人の腸内細菌叢との類似が示されたオーストリアなど3ヶ国の食事と日本食とはそれぞれ明らかに異なっている。腸内細菌叢が成立する過程は、それほど単純ではないことがうかがえる。

メタゲノム解析では、日本人では「細胞運動性」と「複製・修復」に関わる機能が大変低いことも明らかにされた。これらは大腸の細胞を傷害する菌類が少ないことを示している。つまり、日本人の相対的な腸内細菌叢の健全性が明らかにされたのだ。

日本の長寿世界一は、このように健全な腸内細菌叢の賜物なのかも知れない。

■参考文献
The gut microbiome of healthy Japanese and its microbial and functional uniqueness