ユーカリばかり食べるコアラの偏食を支える細菌はどこに?
今回は、草食動物の中でもかなり特殊な食性を持つ動物、コアラについて紹介します。むしろ葉食動物と呼びたいコアラ。彼らは、樹木の葉、それもほとんどの動物にとっては毒性をもつ硬いユーカリの葉を主食としています。あの硬い葉を消化するというのは、草食以上に大変に思えます。おまけに、毒なのです。と言っても、具体的には何がどう毒なのか、それにどのように対応しているのか。コアラとその細菌叢の世界をのぞいてみます。
コアラの偏食とユーカリの毒性
コアラの食生活と腸内細菌の世界は、大変複雑かつ特殊で興味深いものです。
彼らは、ほぼユーカリの葉しか食べません。ユーカリは約600種類もありますが、コアラはそのうちわずか5種を好んで食べると言われてきました。しかし近年では、選択に幅があり、この選択には地域差も組み合わせの違いもあることが明らかになっています。さらには、同種でも個々の木々および葉の部位の嗜好性にも差があり、その選択は大変複雑であることがわかっています。いずれにしても、コアラはユーカリの採餌に特化しており、草食動物の中では、かなり偏った食生活であることは確かです。
いずれのユーカリの葉も、草に比べて硬くて繊維質豊富で、栄養価は低く、さらには毒性のあるさまざまな物質を含んでいます。科学的見地からも、食物としての評価は大変低いです。
毒性物質としては、植物自身の二次代謝産物であり、植物や動物に作用するフェロモン類似物質のアレロケミカルや、コアラの栄養摂取を阻害する栄養阻害物質を含んでいます。
栄養阻害物質には、二種類あります。一つは、消化阻害物質で、細菌による植物細胞壁ポリサッカライドの分解を阻害するリグニンや、タンパク質と複合体を形成して栄養摂取を阻害する濃縮タンニンがあります。
もう一つは、動物の体の組織に対する毒性物質で、加水分解性タンニン、低分子量フェノール、シアン発生性配糖体(代謝産物シアン化水素(青酸)となり、細胞の酸素利用を阻害する)、エッセンシャルオイル(テルペノイド)などの、動物組織に有害な物質が含まれています。また、エッセンシャルオイルは、体内の細菌叢にも有害な物質でもあります。
ユーカリの葉を噛み砕く臼歯
栄養価が低いうえに有毒でもあるユーカリですが、コアラはさまざまな体の機能を使って、ユーカリを食用可能なものとしています。
例えば、臼歯です。コアラの臼歯は、片側あたり、前臼歯1本と、尖って幅広な臼歯4本からなります。他の草食動物の臼歯は、平たく石臼のような形なので、コアラは少し特殊です。この臼歯のおかげで、より硬く繊維質を多く含むユーカリの葉を細かく噛み砕くことができるようになっています。年老いて、このはたらきが衰えてしまったコアラは、十分な必須栄養素を摂ることができず、死に至ります。
消化管末端の細菌叢の構成は他と変わらない
また、体サイズのおよそ4倍にもなるといわれる長く容積の大きな盲腸や、それとほぼ同じ大きさの近位結腸といった、葉の発酵に欠かせない特徴的な消化管も備えています。盲腸だけでなく、腸の広範囲で、ウサギなどと同じように細菌叢の力を借りて発酵を行い、効果的に栄養素を産生して摂取し、毒性成分を分解します。また、細菌数は非常に多いと考えられています。
一方で、近年の網羅的な遺伝子解析では、コアラの口や直腸および糞中の細菌叢は、他の哺乳類と大きく変わらないことが判明しました。つまり、この部分の細菌叢は、コアラの特殊な食生活には影響されていない可能性が示唆されています。
口腔内の細菌叢は、草食動物だけでなく他の多くの哺乳類と類似しており、プロテオバクテリア門およびバクテロイデーテス門で90%が占められていました。直腸内の細菌叢も、ヒトやワラビーなど他の動物に類似し、バクテロイデーテス門が70%以上で、あとはファーミキューテス門やプロテオバクテリア門が順に多い結果でした。糞中は、バクテロイデーテス門とファーミキューテス門が90%以上を占めており、割合に雌雄差が見られました。
鍵は盲腸や結腸にあり
口、直腸、糞中の細菌叢が特殊でないということは、他の消化器官である盲腸や結腸などでの細菌叢のはたらきが、コアラの特殊な食生活を支える鍵であると想像できます。また、コアラの行う後腸発酵は、前腸発酵に比べて、細菌叢を排泄して失ってしまうデメリットがあると言われてきましたが、これまで報告されてきた盲腸や近位結腸の豊富な細菌叢および特殊な細菌と、今回報告された排泄されている細菌には違いがあるようです。
では、盲腸や結腸の細菌叢にはどんなものがいて、何をしているのでしょうか。次回では、具体的に細菌のはたらいている世界を見ていきます。
参考文献
- Alfano N, Courtiol A, Vielgrader H, Timms P, Roca AL, Greenwood AD. (2015) Variation in koala microbiomes within and between individuals: effect of body region and captivity status. Scientific Reports 5, Article number: 10189
- Can they stomach it?: the importance of gut microflora for wildlife @ Emma Steigerwald | Vanderbilt Traveling Fellow(2017.08.31 アクセス)
- ADW: Phascolarctos cinereus: INFORMATION(2017.08.31 アクセス)
- Roger Martin, Kathrine Handasyde (1999) The Koala: Natural History, Conservation and Management. Krieger Pub Co
- Philip C. Withers, Christine E. Cooper, Shane K. Maloney, Francisco Bozinovic, Ariovaldo P. Cruz Neto (2016) Ecological and Environmental Physiology of Mammals, Oxford University Press
- Ian D. Hume (1999) Marsupial Nutrition, Cambridge University Press
- Roderick Mackie, Bryan White (1997) Gastrointestinal Microbiology: Volume 1 Gastrointestinal Ecosystems and Fermentations, Springer
- Martin R. W. & Handasyde K. A. (1999) The Koala: Natural History Conservation and Management, Sydney, NSW, UNSW Press.
- Strahan R. & Van Dyck S. (2008) The Mammals of Australia, Australia, New Holland Publishers.
- Hirakawa H. (2002) Supplement: coprophagy in leporids and other mammalian herbivores. Mammal Review, 32(2): 150–152.
- Moore B. D., & Foley W. J. (2005) Tree use by koalas in a chemically complex landscape. Nature, 435, 488−490.