2017年2月28日

細菌叢の変化を知るために人体細菌叢監視ネット設立を!

私たちヒトを対象とする発生生物学では、人体を構成する細胞や臓器などを中心に検討することが多い。しかし人体は、多様な細菌の共存するコミュニティという側面も持っている。ヒトの成長を共生細菌との連携の成果という視点でとらえ直すことによって、これまで見えていなかった健康や病気の実相、また病気の予防や治療に関する革新的な戦略が開発できるに違いない。

この目的を達成するためには、妊娠する前から妊娠・出産、そしてその後のヒトの成長と並行した細菌叢の発達を、長期間にわたって観察・記録し共有する人体細菌叢監視ネットとでも呼ぶべき組織が必要なのではないか。『nature』online版2016年7月7日号の腸内細菌叢に関するレビューの中でこう訴えているのは、ワシントン大学医学部腸内細菌叢・栄養研究センターのJeffrey I. Gordon博士を中心とする、ワシントン大学とスタンフォード大学、カリフォルニア大学デービス校の研究者たちのグループである。

同一人物で細菌叢の変化を追いかけた研究はほとんどない

細菌叢とヒトのダイナミックな相互関係は、実はまだほとんど把握できていない。しかし、私たちの体内にはヒト細胞とともに、多数の細菌細胞が当たり前に存在している。そしてユニークな遺伝子の大部分が細菌由来であるように、ヒトの生理機能、例えば代謝、免疫応答や神経系機能、疾患の素因などの個性は、人体と細菌叢との関係の中で作り出されるのではないか。これが、Charbonneauclose博士らの基本的な考え方である。

子宮内で成長を始めた胎児の各部細菌叢は、出生後1〜2年までの間にさまざまなステップで、主に母親から細菌を受け取ることで形成される。それぞれのステップでのイベントは、子供が健康に成長するために極めて重要といえる。しかしながら、イベントに伴う変化は特定の個体を長期間にわたって追跡したものではないために、それぞれ事実の断片でしかなく、定義には及ばない。

一方母親の側でも、それぞれのステップに関連させて同一個体の変化を長期間にわたって追跡したデータは存在しない。そのため、やはり重要と考えられる事象もあくまでも断片であり、定義には至っていないのである。

ここ10年間を振り返ってみると、次世代シーケンサーの開発やデータベースの拡充によって、培養に依存することなくヒトの共生細菌叢の構成、あるいは彼らの遺伝子やその機能の同定が可能になった。

そこで研究グループは、このようなツールを活用することで、長期間にわたるヒトの成長に対する細菌叢の貢献についていくつかの仮説が検証できると考えている。

2つの仮説を検証しなければならない

その1.母体の細菌の動態は、妊娠や胎児の発育、子供の将来の健康に影響を与えうる。

この仮説が真実であった場合は、胎児の健全な成長を導くための母体の細菌叢解明と、それに基づく早産やその他の否定的な転帰を回避するための出生前の予後の検討、診断のための有効な測定法の開発、細菌叢への治療的介入などの検討が可能となる。

その2.出生後、健康な成長表現型と人体各所の細菌叢の正常な発生プログラムとを関連づけて定義できる。

この仮説の当然の帰結は、細菌叢形成の正常なプログラムからの逸脱が、未熟あるいは早熟、成熟の状態を含む発生異常そのものを特徴づけていることである。細菌叢の発達と健全な成長との因果関係が解明できれば、細菌叢の通常の発達からの逸脱に起因する多くの病気に関して、予防のための細菌叢指向の治療的介入や、病気治療への新たなアプローチを開発するための出発点が提供されるばかりでなく、多くの病気のリスク評価、病気分類のためのパラメータとしての利用が可能になる。

つまり、ヒトと共生細菌との連携に関して、健康状態と細菌叢の構成や機能の変化を因果関係で結びつけたスタンダードを確定することができれば、共生細菌とのコミュニティである人体に関する理解がより深まるばかりでなく、病気に対して、これまでになかった画期的な予防法や治療法が開発できるに違いない。

なぜ長期的な監視が求められるのか

ヒトの一生にわたるタイムライン上に、成長や健康に関するノーマルな経時的変化を記述することは不可能ではないだろう。しかし同じ時間軸に、その時々の身体各部の細菌叢の変化を記述することは簡単ではない。新生児の細菌叢成立に関わりの深い、母親の膣細菌叢を例に、タイムライン上に細菌叢に関するどのような情報が記述できるのか、これまでの知識を整理しておこう。

●膣の細菌叢のタイプ

母親の細菌叢は妊娠や出産とどう関係するのか――母体と胎児の細菌生態学」でも取り上げたように、膣細菌叢は細菌叢構成種のタイプ(CSTs: community state types)によって5つに分類される。しかし、ここまでに明らかにされているのは、現在という「時間」で切り取ってみるとアメリカ人成人女性の膣細菌叢には5つのタイプが認められたことだけなのである。この膣CSTモデルの信憑性は実は未解決のままで、5タイプを超えるほかの安定した状態があり、5タイプは過渡的な状態ではないかと考える研究者も存在する。

このようにある時点に絞っても膣細菌叢をすっきりと説明できない理由は、さまざまな個人的で断片的な情報はあるものの、思春期前後の膣細菌叢の成立プロセスを検討するための連続観察に基づいた情報が不足していること。また、どのような構造的・機能的状態によって成人期膣細菌叢が決定されるのかについて、やはり連続観察に基づいた情報が不足しているからなのである。

現在オーソライズされているCSTsのうち、CST I, CST II, CST III, CST VはそれぞれLactobacillus属の単一種が支配的であり、CST IVではLactobacillus属細菌は相対的に少なく構成細菌は多様性に富んでいた。このCST IVの存在が、膣細菌叢を検討するために欠かせない要素を教えてくれる。このタイプの膣細菌叢が観察されたのは、アフリカ系アメリカ人とヒスパニック系の女性の約40%、アジア系アメリカ人の女性の約20%、そして白人女性の約10%というように、ボランティア女性が調査時に申告した人種や民族性に応じてパーセンテージが異なっている。つまり、膣細菌叢の検討には民族文化的要素も欠かせないのである。

●出産と膣細菌叢の変動

妊娠期間中は成人期の他の時期と比較すると、月経の欠如に起因してCSTsの構造的安定性はかなり高い。しかし、構造的安定性がどの程度機能的安定性を伴っているのか、あるいは、構造的安定性が出産直後の期間に生起する母親から乳児への細菌群の移動とどのように関連しているのかなど、多くの要因は未知のままである。

また、妊娠中に見られる安定性とは対照的に、米国、ヨーロッパ、アフリカおよびアジアの女性を対象とした研究では、出産後、膣細菌叢のLactobacillus属細菌の豊富さが減少する代わりに、広範囲の嫌気性細菌種が増加することによって、コミュニティ内の多様性(α多様性)の著しい増加が引き起こされる。そして変更された産後の細菌叢は、多くの女性において少なくとも1年間は持続すると思われる。

さらに人類学的観点に立つと、妊娠中に妊婦に提供される食事は、ある集団にとっては文化的伝統の重要な部分であるが、それらは膣細菌叢と腸内細菌叢の構造や機能、および安定性にどのように影響するかは追跡されておらず、不明のままである。

このように、膣の細菌叢ひとつを取り上げても、タイムライン上に記述可能な情報が断片に過ぎず、極めて限られているのは見てきたとおりであるが、逆にそこから収集すべき情報の輪郭と範囲が明らかになってくる。

今こそ人体細菌叢監視ネットの設立を

研究グループが提案している人体細菌叢監視ネットは、生活している地域、属している文化圏、人種、生活上の特別な習慣、食生活も含めて、数多くの特定のヒトを対象とした、ノーマルで健康な成長に関連するあらゆる現象の経時的変化、そしてその時々の細菌叢の状態を丁寧に追跡したデータを記録し共有することをねらいとしている。

グローバライゼーションによって、私たちのライフスタイルは劇的に、しかも急速に変化した。今や生活文化面においても衛生面においても、広範な差異のある地球上のあらゆる場所への短時間での行き来が可能となった。このような時代背景の中で、世界の健康問題に取り組むことを約束している民間企業も公共企業も、医療従事者と人々との間に永続的な信頼関係を確立するための投資を、そして生物特異性とそれに関連するメタデータも含めた収集および保存を行うために、途上国幼児の下痢症を対象にする国際多施設研究(GEMS)のような有効な手順を適用するようになってきた。

GEMSには、腸感染症やその病因、危険因子、腸感染症と栄養失調の相互作用などを扱う子供の健康研究(MAL-ED)や、多様な水環境、衛生設備、衛生などを取り扱うWASHプログラムなどがある。

研究グループは、広い意味で人類の繁栄(eudaimonia)推進の観点から、これらの投資が人体細菌叢監視ネットのために活用されるべきであると考えている。なぜならば、人体細菌叢監視ネットの運営は観察期間が長期間になれば持続的な支援が必要となるし、このような耐久性のあるサポートを達成するための効果的かつ革新的な戦略は、複数の分野に跨がる専門知識が欠かせないからだ。

■参考文献

MR Charbonneau, et al. (2016) A microbial perspective of human developmental biology. nature 535: 48–55.

KL Kotloff, et al. (2012) The Global Enteric Multicenter Study (GEMS) of Diarrheal Disease in Infants and Young Children in Developing Countries: Epidemiologic and Clinical Methods of the Case/Control Study. Clin Infect Dis. 55: S232–S245.