2017年2月21日

腸内細菌叢の確立を支える母乳の奇跡

「分子的な観点に立つと、母乳はヒトが消費する最高の特徴を持つ食品である」。母乳をこのような言葉で定義したのは、ワシントン大学医学部腸内細菌叢・栄養研究センターのJeffrey I. Gordon博士を中心とする研究グループである。

母乳は乳児の腸内細菌叢とどのように関わっているのだろう。そして母乳のどのような特徴が、研究グループに最高の食品と言わせているのだろう。

乳児の腸内細菌叢は母乳向きに変わる

乳児の最初の腸内細菌叢は、母親の糞便、膣および皮膚細菌叢に由来する細菌から構成されるが、数週間以内に母乳に含まれる細菌や、抗体などの抗菌成分によって母乳指向の細菌叢へと方向づけられる。研究者たちは、分娩後の母乳の組成変化に対応して、どのように細菌叢が構造的・機能的に成熟するのかについて研究を始めている。

●母乳に関連する細菌群

出産直後に母乳からしばしば発見される細菌群は、Staphylococci族菌(ブドウ球菌)やStreptococci族菌(連鎖球菌)などの皮膚常在細菌であるが、これらの細菌が数週間以上にわたって乳児の腸内で保持されることはない。それらに取って代わるのは、母乳から単離されるBifidobacterium属、いわゆるビフィズス菌類などのいくつかの嫌気性種であり、それらは最終的には幼児の結腸に定着することとなる。

●母乳志向の細菌叢

授乳中の乳児の腸内細菌叢でしばしば支配的となる細菌群はアクチノバクテリア門(主にBifidobacterium属)の細菌であるが、これらが糞便細菌叢の70〜90%を占める場合もある。このようなビフィズス菌類の増殖は、母親が活性フコシルトランスフェラーゼ2(FUT2)遺伝子をもつ分泌型である場合には、さらに活発になることが明らかにされている。

ビフィズス菌類が支配的な母乳指向の細菌叢は、乳児の健康に対して有益な機能を示す。例えばビフィズス菌類は、葉酸やリボフラビンなどの必須栄養素を産生する。またビフィズス菌発酵の主要な最終生成物である乳酸および酢酸などの短鎖脂肪酸は、結腸細胞にとって重要なエネルギー源になるとともに、下部消化管のpHを高めることで腸のバリア機能向上にも貢献している。さらにBifidobacterium longumの一亜種であるinfantisによる強固なコロニーは、生後1年間で改善される免疫応答と相関していることが明らかにされている。

ビフィズス菌類の二つの優占種であるB. longumB. breveは、世界中の授乳中の乳児に定着しているが、同様にB. bifidum(ビフィズス菌)とB. catenulatumB. pseudocatenulatumも一般的に観察される。

母乳の糖が脳や体組織を成長させる

母乳には、乳児の成長に欠かせないすべての栄養素がバランスよく含まれており、完全食とも言われている。腸内細菌叢との関連を考える場合、母乳におよそ7%含まれているラクトース(乳糖)が重要である。ラクトースは消化されることで、グルコース(ブドウ糖)とガラクトースに分解される。グルコースは言うまでもなく、もっとも重要なエネルギー源として利用される。一方ガラクトースは脳糖とも呼ばれ、脳の働きを支えるエネルギー源であるが、同時に乳児の脳や体組織の急速な成長も支えている。

 ●ヒトミルクオリゴ糖

ラクトースの働きはそこにとどまらない。数個から数十個結合したラクトースは、ラクトースコアとして、グルコース、ガラクトース、N-アセチルガラクトサミン、フコースおよびシアル酸(N-アセチルノイラミン酸またはNeu5Ac)などのさまざまな単糖と組合せられ、乳児の腸内細菌叢が特異的に利用可能な数百種類(一人の母親からはおよそ百種類)の構造を持つヒトミルクオリゴ糖(HMOs)の材料になっている。

HMOsはその端末がフコースまたはシアル酸としばしば結合しており、そのうちの約60%はフコシル化、5〜20%はシアリル化されている。活性フコシルトランスフェラーゼ2(FUT2)遺伝子をもつ分泌型の母親の場合、非分泌型の母親よりも20%程度高い量のHMOsを有する傾向がある。そして、分泌型ではほぼ2倍以上のレベルでフコシル化構造を、逆に非分泌型ではシアリル化構造を高いレベルで産生する。

泌乳中の一般的な傾向は、母乳が初乳から成熟乳へと進行するにつれて、総HMOsのレベルは次第に低下し、出産後最初の1ヶ月で最大の低下となる。しかし、乳児の胃や腸のサイズに一致して提供された初乳の総量は成熟乳の容積に比べて非常に小さく、泌乳を通じて乳児に提供されるHMOsの総量、さらには各特定のHMO構造の量は比較的一定に保たれている。

●シアリル化されたオリゴ糖の特性

シアル酸のうちNeu5Acは、シナプス形成や神経細胞どうしの接着分子(NCAM)に関連し、脳を含む多くの臓器に影響を及ぼす。動物モデルでは、シアリル化糖タンパク質およびシアリルラクトース(哺乳類乳汁に共通するオリゴ糖)を食餌に補充すると、NCAMなどのポリシアリル化が増加し記憶の改善が示されるという報告もある。前臨床モデルでは、6′-シアリルラクトースはまた、筋肉量と収縮性を増加させることが実証されている。

成熟したヒト母乳中のシアリル化オリゴ糖は、牛乳に比べて最大で20倍高い濃度で存在している。したがって牛乳由来の幼児用調合乳、また栄養失調の子供の治療に使用される補完的あるいは治療的な食品では、シアリル化オリゴ糖が不足することになる。

無菌動物の研究では、シアリル化された牛乳オリゴ糖(BMOs)が成長と因果関係があるという直接的な証拠が見つかっている。実験では、若い無菌マウスおよび生まれたばかりの無菌子ブタにマラウイ人乳児の腸内微生物叢を定着させた後、レシピエント動物にマラウイ人が離乳後に消費した食品を代表する食餌を与えた。そして、チーズの製造時のホエーから精製したシアリル化BMOsを補充した場合としなかった場合を比較した。

その結果、シアリル化BMOsが脂肪を除いた体重増加を促進し、代謝の柔軟性を改善し、骨の成長に影響を及ぼすことが明らかにされた。これらの効果は、食料消費の違いに起因するものではなく、あくまでも腸内細菌叢依存性であり、無菌動物では観察されなかった。さらに、同じ食餌にいくつかの幼児用調合乳の成分であるフラクトオリゴ糖混合物を添加して等カロリーに調整した場合には、成長促進は観察されなかった。

ビフィズス菌類によるHMOsの細胞内消化と細胞外消化

一般的にビフィズス菌類がHMOsを消費できるのは、HMOs中の主要なグリコシド結合の切断を触媒するグリコシドヒドロラーゼ(特にフコシダーゼおよびシアリダーゼ)を持っているからである。ビフィズス菌類のHMOs消費のメカニズムは、2つの異なる戦略に従っている。それは細胞内消化を行うか、細胞外消化を行うかである。

B. longum infantisB.longum longumB.breveおよびB.pseudocatenulatumは、HMOsを細胞内に取り込んでからグリコシド加水分解酵素で消化する。このようにHMOs摂取に際して「細胞内に取り込んでから消化する」アプローチは幼児に見られるビフィズス菌類の大半が採用しており、新生児を保護するための独創的な戦略と見ることができる。すなわち、結腸内に利用可能な糖基質を残さないという、単純な栄養的隔離によって競合菌株の増殖を防いでいる。この知見は、糞便に含まれるHMOs濃度とビフィズス菌類定着のレベルとの間に逆相関があることと一致している。

対照的にB. bifidum(ビフィズス菌)は、HMOsを細胞外消化するために細胞壁にグリコシド加水分解酵素を配備している。同様にHMOs消費者であるBacteroides属細菌も、細胞内部にHMOsを取り込む前に体外で消化する。この場合の重要な考慮事項は、細胞外でHMOsを消化する細菌が支配的な微生物叢を持つことが、乳幼児に有害な影響を及ぼすかどうかである。

細胞外で消化されたものは病原性細菌のエサになってしまう

抗生物質で処理したモデルマウスを用いた実験では、HMOsと同様に高分子の糖タンパク質であるムチンが複数のBacteroides属細菌によって細胞外消化されると、様々な病原性細菌が利用可能なフコースとシアル酸が環境に大量に開放される。つまり、病原性細菌がBacteroides属細菌の体外消化によって交差給餌を受けることになるのである。HMOsの場合も同様に、細胞外消化は多様性が低い新生児の腸内微生物叢においては、病原性細菌の増殖につながる可能性があることを否定できない。

最近の3つの研究が、この潜在的リスクを指摘している。マラウイ人乳児の腸内細菌叢を移植した無菌マウスでは、Bacteroides fragilisがシアリル化された牛乳オリゴ糖を細胞外消化することによってシアル酸を含む構成単糖類が放出され、結果として大腸菌集団への交差給餌に繋がった。

ほかの研究では、シアリルラクトースを与えたマウスおよび授乳中の子豚において、Bacteroides属菌が結果としてEnterobacteriaceae科細菌への交差給餌を行っていることを観察した。

Enterobacteriaceae科細菌は一部の研究者によって腸内毒素症と関連している可能性があることから、HMOsをめぐる交差給餌の可能性は新生児にとっての危険因子であることに注意が払われなければならない。ビフィズス菌類による下部消化管のバリア機能はあるものの、多様性の低い乳児の腸内細菌叢の構成が、HMOsを体外消化する乳酸菌類が支配的になった場合の危険性は意識されるべきである。

このように母乳のオリゴ糖類は、細胞外消化の部分で警戒する必要があるものの、乳児の成長、そしてビフィズス菌類を含めた腸内細菌叢全体の発達と充実にとっても必須の食品である。これが、母乳が最高の食品であると研究グループがいう理由なのだ。

■参考文献

MR Charbonneau, et al. (2016) A microbial perspective of human developmental biology. nature 535: 48–55.