母親の細菌叢は妊娠や出産とどう関係するのか——母体と胎児の細菌生態学
人体は、多様な細菌の共存するコミュニティと言える。ワシントン大学医学部腸内細菌叢・栄養研究センターのJeffrey I. Gordon博士を中心とする、ワシントン大学とスタンフォード大学、カリフォルニア大学デービス校の研究者たちのグループは、ヒトの成長を共生細菌との連携の成果という視点でとらえ直し、妊娠中から始まるヒトの成長と並行した細菌叢の発達を、長期間にわたって観察・記録し共有する必要性を訴えている。そのスタートラインとなるのは、子宮内で成長を始めた胎児のときから出産を経て生後1〜2年の間に母親から受け継いだ細菌叢である。ヒトは母親からどのような細菌叢を受け継ぐのだろうか。そして、そのときの母親の細菌叢にはどのような特徴があるのだろうか。
母親の細菌生態学
妊産婦と胎児、乳児の健康に大きな影響を及ぼすのは、母体の膣、遠位の腸管と口腔を含む体の各部に常在する細菌叢の構成および機能と考えられる。
●膣の細菌叢
膣細菌叢は、細菌叢構成種のタイプ(CSTs: community state types)によって5つに分類される。このうちの、CST I, CST II, CST III, CST VはLactobacillus属の特定の単一種が支配的であるが、CST IVではLactobacillus属細菌が相対的に少なく構成細菌は多様性に富んでいる。アメリカ国民のうちCST IVは、アフリカ系およびヒスパニック系の女性で40%、アジア系女性で20%、そして白人女性で10%であり、人口比で見る限り一般性があり、異常と断じることはできない。しかしこのタイプは、細菌性腟炎に罹患することによって変化した集団構造や、早産など有害な健康転帰と関連する構成に似ていることが否定できないため、監視が求められる。
妊婦では一般的に月経の欠如によって膣細菌叢は構造的に安定していると言われるが、CST IVでは、ほかの4タイプと比較して細菌叢は不安定であり、ほとんど週1回のタイムスケジュールで異なるCSTへ移行するという傾向がある。
このCST IVのような細菌叢構成には、生物地理学的な特徴に加えて、膣粘膜上での自然免疫や獲得免疫、細菌由来の多糖鎖、細菌抗原に対する免疫応答なども関係していると考えられる。
しかしそれらを明らかにするための前提となる、思春期前後の膣細菌叢がどのように成立するのか、また、どのような構造的・機能的状態によって成人期の膣細菌叢が形成されるのかは明らかにされていない。さらに、妊娠前、妊娠中、出産、そして次の赤ちゃんの妊娠中に、同じ女性からのサンプリングに基づく時系列研究は行われておらず、細菌以外も含む膣内微生物群集組成は定義されていない、などの課題がある。
●腸内の細菌叢
腸内細菌叢は、妊娠を契機として構造的・機能的特性が変動すると考えられる。しかし、そのような変動が妊産婦および胎児の健康に関連するかどうか、関連するのであればどのように結びつくのか、さらにその後の乳児および幼児の健康状態などについては明らかにされていない。
この妊娠期間中の腸内細菌叢の安定性に関しては、相反する結論に至った研究がある。
フィンランド人女性を対象とした研究では、腸内細菌叢構成の変化と相関して、妊娠第1期(1ヶ月〜3ヶ月)及び第3期(7ヶ月〜9ヶ月)の間、食事やエネルギー摂取量は安定しているにもかかわらず、糞便中のエネルギー含量の有意な増加が報告されている。一方、米国人女性とタンザニア人女性の腸内細菌叢を対象とした研究では、被験者個々の多様性の傾向、週ごとの変動、妊娠期間にわたる被験者間の多様性を検討した結果、妊娠中には細菌叢構成は安定しているという結論が導かれている。
●口腔の細菌叢
母親の口腔細菌叢構成および転写活性は歯周炎の存在によって変化し、子宮内発育遅延、早産および低出生体重にも関連する場合がある。口腔細菌叢に由来する細菌は、特に不健康であるか、絨毛膜羊膜炎による早期分娩またはこれらの膜の早期破裂などを経験した女性において、羊水および胎盤で検出されている。
4歳から6歳までの50人の子供を追跡することによって、「正常な」口腔細菌叢の発達を定義しようと試みたある研究では、細菌叢の分類学的構成に、年齢による強い影響が観察された。この傾向は歯肉縁下プラークの細菌群が唾液よりも顕著であり、細菌の種それぞれの生息範囲の違いを示唆している。
しかしながら、母親の出生前の病歴、妊娠期間、分娩の形式および授乳歴の影響などを含めた包括的な定義がなされた時系列研究はない。
●母体の細菌叢は不明点が多い
胎児、乳児の健康に関連する母体のそれぞれの細菌叢については、ここに示したように継続的に観察すべき現象や解明されるべき点も数多く残されている。
胎児と細菌との出会い
初期の研究では、羊水の培養によって細菌類の検出ができなかったことから、羊水腔は無菌であり胎児はそのような環境で成長すると考えられてきた。しかし、その後の妊娠していない女性を対象にした子宮内膜サンプルの分子生物学的分析によって、子宮内腔にLactobacillus属、Prevotella属およびBacteroides属の細菌を保有していることが確認された。これらの細菌群は、自然分娩した女性の約4分の1の胎盤基底細胞内からも見出されており、レベルは大変低いものの満期で自然分娩した乳児の初回胎便サンプルの約3分の2からも検出された。
授乳を開始した乳児は、母乳を通してやがて結腸に定着することになるBifidobacterium属などのいくつかの嫌気性種とともに、皮膚常在細菌であるStaphylococci族菌(ブドウ球菌)やStreptococci族菌(連鎖球菌)などを受け取る。その後、授乳中の乳児の腸内細菌叢ではアクチノバクテリア門(主にBifidobacterium属)細菌が支配的となり、皮膚常在細菌が数週間以上にわたって乳児の腸内で保持されることはない。
早産と細菌叢との関連
満期で自然分娩した女性の約4分の1の胎盤基底細胞内では、Lactobacillus属、Prevotella属およびBacteroides属の細菌が確認された。一方、妊娠28週前に早産した女性では、同様の現象が約2倍の割合で観察された。これらの細菌群は、満期妊娠で誕生した乳児の初回胎便サンプルでの検出レベルは大変低いものであったが、妊娠33週以前に生まれた新生児の胎便ではより一般的であった。これらは、細菌群の羊水への侵入が、早産と深く結びついていることを示唆している。
早産に関連する細菌群は母親に由来し、羊水に侵入するための3つの自然経路である膣および子宮頸部からの上昇、卵管を介しての転送、そして血流を通って身体のより遠くにあるコロニーからの転座が考えられる。Ureaplasma属やPrevotella属の細菌などの膣細菌叢CST IVコミュニティに関連する分類群も一般的な侵入者のひとつであることから、侵入する細菌の大部分は膣由来と考えられるが、口腔細菌叢や腸内細菌叢などに由来する可能性も考慮する必要がある。
このような知見は、妊娠中に腸内細菌叢や口腔細菌叢から細菌群が膣へ転座することによって、もともと正規産と結びついていたはずの膣細菌叢構成が、早産と関連する細菌叢構成に変化し、早産の原因になるプログラムが存在するかどうかを調べる必要性を示唆している。そして、これらのプログラムの中断が、胎児への微生物の初期移入(およびその後の子どもの細菌叢の発達)に影響を与えるかどうかも検討されるべきである。より多くの注意が早産リスクの高い女性における微生物資源の慎重な管理に払われているように、そこから得られる知識は臨床実践の変更につながり得る。また、必要に応じて正常な細菌叢から欠ける可能性のある重要な分類群を補う治療的介入にもつながっていくだろう。
■参考文献