便秘型過敏性腸症候群はプロバイオティクスで治療できるか?
担当:松村むつみ
過敏性腸症候群(Irritable bowel syndrome; IBS)は、腹痛あるいは腹部不快感とそれに関連する便通異常が慢性もしくは再発性に持続する状態を示す機能性疾患(器質性疾患に起因するものは除外)と定義されています1。
その判断には、2006年に定められたRomeⅢ診断基準が国際的に広く使用されています1。RomeⅢ診断基準では、診断時の6ヶ月以上前にはじめて症状が出現し、最近の3ヶ月以内に症状が3日以上存在した場合に、活動性があると定義しています。
また、IBSには便通サブタイプがあります。下痢型IBS(IBS with diarrhea; IBS-D)と便秘型IBS(IBS with constipation; IBS-C)に分類することは、治験上・診療上ともに有効であると考えられています1。診断基準を制定したRome委員会はさらに、これらに加えて、混合型(IBS-M)、分類不能型(IBS-U)に分けることを提唱しています。
IBS患者の腸内細菌はバランスが崩れている
これまでの研究で、IBSの患者の腸内細菌は、健康な人の腸内細菌に比べてバランスが悪いことが示唆されています2,3。腸内細菌叢の乱れによる免疫系への異常な刺激が、炎症症状を惹起している可能性があります。
IBSの患者における腸内細菌叢の研究では、菌種に関してさまざまな報告がなされており、結論は報告間で必ずしも一致してはいません。ただ一般的に、腸内細菌科(Enterobacteriaceae)が増加し、ラクトバシルス属(Lactobacillus)およびビフィドバクテリウム(ビフィズス菌)族(Bifidobacterium)が減少すると言われています4。
また、腸内細菌のバランスが悪くなると、腸粘膜において細胞間の接着に変化を来すことが知られています。細胞間隙において、サイトカインを産生し、炎症を惹起する抗原が検出されています5。
今回は、プロバイオティクスを含んだサプリメントを投与して腸内細菌叢を整えると、IBSの症状が改善されるかという観点から、ひとつの研究を紹介させていただきたいと思います。
なお、プロバイオティクスに関しては、1種類よりも複数種類の方が症状の改善に効果があるという結果が報告されています。今回紹介する研究も、その報告にのっとり、複数種類の菌を投与するという試みがなされました6,7。
Mezzasalma et al. A Randomized, Double-Blind, Placebo-Controlled Trial: The Efficacy of Multispecies Probiotic Supplementation in Alleviating Symptoms of Irritable Bowel Syndrome Associated with Constipation. Biomed Res Int. 4740907, 2016
IBS-C患者を対象にした試験方法と結果
【対象と方法】
(1)対象
18−65歳の便秘型過敏性腸症候群(IBS-C)と診断されたボランティア150人を3群(F1, F2, F3)にランダムに割り付け、それぞれ以下のプロバイオティクスまたはプラセボを投与する。
F1: 5×109 CFU L.acidophilus(30mg as lyophilixed), 5×109 CFU L. reuteri (30mg as lyophilixed), 330mg inulin, 5mg silica, 5mg talc.
F2: 5×109 CFU L.plantarum(12mg as lyophilixed), 5×109 CFU L. rhamnosus (20mg as lyophilixed), 5×109 CFU B. animalis subsp. lactis (60mg as lyophilixed), 298mg inulin, 5mg silica, 5mg talc.
F3: 390mg inulin, 5mg silica, 5mg talc.(対照群)
除外基準:妊娠あるいは妊娠を予定している人、授乳中の人、食品の不耐症あるいはアレルギーのある人、ほかの消化器疾患を診断されている人、ほかの類似研究への参加をしている人、研究スケジュールをこなすことができない人あるいは研究参加に前向きでない人
(2)投与および評価のスケジュール
各群50例に、1日1回、60日間投与し、さらに30日間経過観察する。
患者の評価は、ベースライン(投与前)、投与開始後10日、30日、60日、投与終了後30日(投与開始から90日目)で行う。60日後までは、改善しているかどうかを評価し、投与終了後の評価では、改善した状態を維持できているかを評価する。
(3)評価方法
症状のアンケート、便サンプル、QOL
・アンケート:FDAガイドラインに則って作成されたアンケート。項目は、①腹部膨満、②腹痛、③便秘、④腹部疝痛、⑤鼓腸。これらの項目についてスコアリングする。
・QOL:過敏性腸症候群のQOL計測のイタリア版をもとにして、12項目を評価した。①過敏性腸症候群によりもたらされる臭いの問題に困っている、②過敏性腸症候群のせいで、他の病気にもかかりやすく感じる③腸の症状のせいで太ったような気がする、④過敏性腸症候群のために、人生を楽しめない、⑤過敏性腸症候群のことを悲観している、⑥過敏性腸症候群があるから、食事に気をつけなければならない、⑦腸が動かないのではないかと不安になる、などの12項目を、5点満点のスケールでそれぞれ評価する。
・便サンプル:プロバイオティクス投与後10日、30日、60日、90日に採取する。便は性状により、Bristol scaleにより評価し、二つのカテゴリーに分ける。便はホモジナイズし、一旦-80℃に保存する。腸内細菌叢の構成を評価するときに解凍し、qPCRを行った。
【結果】
最終的なエントリーは、全157例。年齢37.4±12.5歳。F1:53例、F2:52例、F3:52例だった。
・投与終了後の時点で、症状に関してはF3と比較して、F1およびF2ではレスポンダーの割が有意に高かった(F1vs F3, 66-78% vs 6-36%; F2 vs F3, 78-97% vs 6-36%)(p<0.001)。F1とF2の間には、有意差は認められなかった。QOLに関しても、F1およびF2では、治療期間を通じて改善が見られ、F3も軽度の(おそらくプラセボ効果による)改善が見られた(p<0.001)。
・投与後、30日間の経過観察を終えた時点での症状改善のレスポンダーの割合は、F1およびF2がF3と比較して有意に高かった(F1 vs F3, 56-74% vs 10-40%; F2 vs F3, 76-82% vs 10-40%)(p<0.001)。QOLに関しても、F1、F2では改善が維持されていた。
・pPCRでのDNA解析では、F1およびF2ともに、投与した菌が多く検出された。
【結論】
複数菌種をプロバイオティクスとして投与すると、IBSの症状が改善し、QOLの改善もみられることが示唆された。
IBSをプロバイオティクスで治療できる可能性を示唆
IBSは、若者や働き盛りの人々も悩まされている人がことのほか多い症候群です。そこにはやはり腸内細菌のバランスが関わっており、プロバイオティクスで治療できる可能性が示唆されました。今後も、さらなる知見が積み重なり、有効な治療法が開発され、症状に悩む人が減ることが望ましいと思われます。
参考文献
- 機能性消化管疾患診療ガイドライン2014, 南光堂
- Guarner F et Malagelada JR. “Gut flora in health and disease” Lancet361(9356):512-9, 2003
- Mättö J et al “Composition and temporal stability of gastrointestinal microbiota in irritable bowel syndrome–a longitudinal study in IBS and control subjects.” FEMS Immunol Med Microbiol. 43(2):213-22.,2005
- Bruno K et al. “A Review of Microbiota and Irritable Bowel Syndrome: Future in Therapies” Adv Ther35:289–310, 2018
- Bellavia M et al. “Gut microbiota imbalance and chaperoning system malfunction are central to ulcerative colitis pathogenesis and can be counteracted with specifically designed probiotics: a working hypothesis.” Med Microbiol Immunol. 202(6):393-406.,2013
- Kajander K et al. “Clinical trial: multispecies probiotic supplementation alleviates the symptoms of irritable bowel syndrome and stabilizes intestinal microbiota.” Aliment Pharmacol Ther.27(1):48-57,2008
- Yoon JS et al “Effect of multispecies probiotics on irritable bowel syndrome: a randomized, double-blind, placebo-controlled trial.” J Gastroenterol Hepatol.29(1):52-9.,2014