腸で過剰な免疫を抑える制御性T細胞(Treg)と腸内細菌
担当:笠原和之
腸では、侵入しようとする病原菌やウイルス、真菌から体を守ろうと日夜攻防がくり広げられています。その防御策の最大の主役が免疫細胞です。腸の上皮および粘膜下には、非常にユニークな免疫細胞たちが数多く存在します。そのため腸は、人体で最大の免疫器官とも言われています。
その免疫細胞の多くは病原微生物からの感染を防ぐはたらきをしていますが(γδT細胞、自然リンパ球、Th17細胞など)、一方で危険性のない抗原に対して過剰な免疫応答がはたらくことは防がなければなりません。なぜなら、定住している腸内微生物や毎日摂取する食事に対して過剰な免疫がはたらいてしまえば、腸炎やアレルギーなどの病気になってしまうからです。
その過剰な免疫応答にブレーキをかける免疫細胞が「制御性T細胞(Treg)」です。2018年1月14日放送のNHKスペシャル「人体」でも取り上げられるなど、今注目のTregと腸内細菌のかかわりをご紹介します。
Tregは炎症を負に制御する重要な存在
CD4陽性T細胞のなかにはTh1細胞、Th2細胞、Th17細胞といったエフェクターT細胞のほかに、炎症を負に制御するTregが存在します。Tregは、自己免疫疾患をはじめとして、様々な慢性炎症性疾患での病的な免疫応答を制御しています。
Tregにもっとも特異的かつ特徴的な分子のひとつが転写因子であるFoxp3であり、Tregの抑制能の維持に必要不可欠であることが知られています。Foxp3は、ヒトの遺伝性免疫疾患であるIPEX症候群(Immune dysregulation, Polyendocrinopathy, Enteropathy, X-linked syndrome)の原因遺伝子としても知られています1。この病気は全身性の自己免疫疾患であり、大半は出生後1年から2年以内に死亡することからも、Foxp3そしてTregの重要性がわかります。
Tregは腸管に多く存在する
Tregはその発生からみて、大きく2種類のタイプに分類されます。胸腺由来Treg(tTreg)と、末梢由来Treg(pTreg)です2。tTregは文字どおり胸腺内でナイーブT細胞から分化、誘導されて発生するのに対して、pTregは末梢組織においてナイーブT細胞からFoxp3陽性のTregに分化するタイプです。腸管に存在するTregは、pTregが主になります。
Tregは人体のほとんどの臓器に存在しており、CD4陽性T細胞の約10%がTregであると言われています。しかし腸管の粘膜固有層では、もっとより多くの割合を占めています。小腸ではCD4陽性T細胞のうち20%を、大腸では約30%を占めていることからも、腸管内でのTregの重要性が推測されます3。
大腸のTregは腸内細菌によって誘導される
では、小腸や大腸に存在するTregと腸内細菌に何らかのかかわりがあるのでしょうか。それを調べるために、抗生剤を投与して腸内細菌の数を大幅に減らしたマウス、腸内細菌がまったくいない無菌マウス、通常のマウスを使って、腸管内のTregの数を数えました4。
すると大腸では、抗生剤処理をしたマウスや無菌マウスでTregの数が少なく、機能的にも未分化な状態であることがわかりました。つまり、大腸のTregは腸内細菌により誘導されていたのです。
一方、小腸では、腸内細菌の数を減らしてもTregの数に影響を与えませんでした。その後の研究で、小腸のTregは食餌中に含まれている抗原成分によって誘導されることもわかっています5。
大腸のTregを誘導する腸内細菌は何か
では、どの腸内細菌が大腸のTregを誘導するのでしょうか。それを明らかにした画期的な研究が、慶應義塾大学の本田賢也先生が率いる研究グループから報告されました4。
まず、バンコマイシンという抗生剤をマウスに飲ませると大腸のTregが減少するのに対して、他の抗生剤では減少しませんでした。
次に、マウスの糞便をクロロホルムという薬剤で処理すると、芽胞を形成していない菌は死滅し、芽胞形成菌のみが生き残ることに着目しました。そこで、無菌マウスにクロロホルム処理した糞便を投与すると、大腸のTregが大幅に増加しました。
つまり、バンコマイシンに感受性があり、クロロホルムに耐性のある芽胞形成菌が、大腸のTregを増やす候補菌と推測されます。
そして、クロストリジウム属(Clostridium)の菌がまさにその菌であることを突きとめました。マウスの糞便から46菌株、ヒトの糞便から17菌株のクロストリジウム属菌を単離し6、これらが大腸のTregを増加させ、さらにマウスの腸炎やアレルギーを治療する効果があることを見出しました。
Tregを誘導する他の菌たち
クロストリジウム属以外の菌もTregを誘導することが報告されています。最も有名なのが、バクテロイデス属(Bacteroides)のBacteroides fragilisです。Bacteroides fragilisにはIL-10産生性の大腸Tregを誘導する作用があり、その機序には菌の多糖成分(PSA)が重要な役割をはたしているようです7。またBacteroides caccaeやBacteroides thetaiotaomicronもpTregを誘導します8, 9。
さらに、プロバイオティクスの一つでビフィドバクテリウム(ビフィズス菌)属(Bifidobacterium)・ラクトバシルス属(Lactobacillus)・ストレプトコッカス属(Streptococcus)の8種類の菌株を混合したVSL#3、ラクトバシルス属のLactobacillus reuteri、Lactobacillus murinusも、詳細な機序はよくわかっていませんがTregを誘導するようです10。
これらクロストリジウム属とバクテロイデス属は哺乳類の腸内細菌の優勢種であることを考えると、大腸のTregを誘導する作用は、腸内細菌の中でも一般的な作用なのかもしれません。
いかにTregを増やすか、そのために腸内細菌をターゲットにできるか
自己免疫疾患やアレルギーなどでは、危険性のない抗原に対して過剰な免疫応答がはたらくことが問題となります。そこで、過剰な免疫応答にブレーキをかける免疫細胞であるTregを増やすことがその治療法として考えられます。Tregをふやす薬剤を使ったり、体外で増殖させたTregを体内に移入させたりする新たな治療方法の模索が続いています。
そして、腸内細菌をターゲットにした治療法も考えられます。すなわち、今回ご紹介したようなTregを誘導する腸内細菌種を腸内に定着させるアイデアです。ただ、ヨーグルトを毎日食べていても腸内が乳酸菌だらけにならないことからもわかるように、いかにして生きた菌を定着させるのかが課題になりそうです。
参考文献
- Bennett C. L., et al. The immune dysregulation, polyendocrinopathy, X-linked syndrome (IPEX) is caused by mutations of FOXP3. Nat Genet. 27, 20-21 (2001).
- Curotto de Lafaille, M. A., et al. Natural and adaptive foxp3+ regulatory T cells: more of the same or a division of labor? Immunity. 30, 626-635 (2009).
- Tanoue, T., et al. Development and maintenance of intestinal regulatory T cells. Nat Rev Immunol. 16, 295-309 (2016).
- Atarashi, K., et al. Induction of colonic regulatory T cells by indigenous Clostridium species. Science. 331, 337-341 (2011).
- Kim, K., et al. Dietary antigens limit mucosal immunity by inducing regulatory T cells in the small intestine. Science. 351, 858-863 (2011).
- Atarashi, K., et al. Treg induction by a rationally selected mixture of Clostridia strains from the human microbiota. Nature. 500, 232-236 (2013).
- Round, J. L., et al. Inducible Foxp3+ regulatory T-cell development by a commensal bacterium of the intestinal microbiota. Proc. Natl Acad. Sci. USA. 107, 12204-12209 (2010).
- Sefik, E., et al. Individual intestinal symbionts induce a distinct population of RORγ+ regulatory T cells. Science. 349, 993-997 (2015).
- Faith, J. J., et al. Identifying gut microbe-host phenotype relationships using combinatorial communities in gnotobiotic mice. Sci. Transl Med. 6, 220ra11 (2014).