2016年6月21日

メタボリック・シンドロームを解消する個別化ソフトウェアアルゴリズムの登場

メタボリック・シンドロームを解消するソフトウエア完成

コンピューターが開発したあなた用の理想の健康メニューは、ひょっとするとほかの人の健康を害するかもしれない。そんな可能性を示唆する論文が、米科学雑誌「Cell」2015年11月号に発表された。この研究を進めたのは、イスラエルのワイツマン科学研究所のグループ。目的は、食後の血糖値の変化を、食品別、個人別に正確に予測できるソフトウエアアルゴリズムを開発すること。そしてそのソフトウエアの有効性を検証したうえで、それぞれの個人が健康に過ごせるような理想の個人向け健康メニューを作り出すことだ。

ソフトウエアアルゴリズムの開発

データ収集にはスマホが活躍

同じ食物を食べても、血糖値の高まり方は人によって大きなばらつきがあることが、少人数を対象とした先行研究で明らかにされていた。今回の研究はより精密なデータを収集するために800人を対象に進められた。対象者の血糖値は、皮下に埋め込まれたセンサーで5分ごとにモニターされた。同時にこのプロジェクトのために開発されたスマートフォンアプリケーションを通して、食物のとり方やその内容、また運動や睡眠などの生活リズムが正確に、しかもリアルタイムに記録された。同時に、健康状態を確認するための血液成分やヒップサイズなど体の各部の測定値も記録された。

個人差を見極めるモノサシ

さて、集められた各個人の血糖値データを評価するためには、その基準が必要となる。そこで全対象者に標準化した朝食として、ブドウ糖、果糖、パン、バターをぬったパンのいずれかを50g食べてもらい、個人別に血糖値の変化特性を把握した。その結果、各個人の食後血糖値は食物の種類に応じて同じ変化をした。一方個人別データを比較すると、同じ食物でも個人間のばらつきが大変大きいことが再確認された。具体的なデータでは、2回連続でパン食を選択した4名の例では、血糖値がピークを迎えるまでにかかった時間は、約30分、50分、60分、80分と個人間で大きな違いがあった。また食後80分後の血糖値を比較すると、数値の低い人(100mg/dl)と高い人(230mg/dl)では2倍以上の開きがあった。

クッキーは平気でも、バナナはNG?

続いて研究グループは、対象者が普段通りに食べた昼食や夕食、夜食と関連する膨大なデータの分析にとりかかった。ただ現実の食事では、多くの場合さまざまに異なる食品成分が含まれる。このプロジェクトは食後血糖値の追跡が重要なので、分析の対象は食べたものの中で炭水化物の含有量が50%を超える、血糖値の変動に支配的に働く食品に絞られた。

その結果、ある人にとってバナナは血糖値を高めるが、クッキーは血糖値に影響を与えない。また別の人にとってバナナは血糖値に影響を与えないが、クッキーは血糖値を高めるというような興味深い現象が見出された。

腸内細菌叢のデータも重要

このプロジェクトでは、このような血糖値変動の個人差を理解するために腸内細菌叢の分析も行われた。そして、血糖値のコントロールや肥満、インスリン抵抗性などメタボリック・シンドロームの構成要素と深く関わっている細菌や、逆に腸内環境を健全に整える菌類の動向にも眼が配られた。

食後血糖値の変化を正確に予測するソフトウエアには、このような腸内細菌叢の影響をも含める必要がある。そこで、800人の対象者から得られたデータをもとに、食事の内容(エネルギー量、多量栄養素、微量栄養素)、日常活動の内容(食事のタイミング、エクササイズ、睡眠時間)、血液成分の変化(HbA1c%やHDLコレストロール値)、そして腸内細菌叢の構成など、血糖上昇に関わる137の機能から推論する手法をとることによってソフトウエアはついに完成した。

ソフトウエアを検証する

そして別の100人を対象に、このソフトウエアの検証が計画された。この100人にも800人の対象者に行ったのと同じプロファイリングが行われた。その結果、年齢、BMI、HbA1c%、HDLコレストロール値などの主要な条件についてデータ収集に協力した800人の対象者と有意差が無く、検証の対象としてふさわしいことが確認された。

そして検証の結果、このアルゴリズムは予想通り素晴らしい成果を収めた。まず、100人それぞれの食後血糖値の個別の変化を高い精度で予測することに成功した。さらにこのソフトウエアから導かれた個人別の食事メニューは、食後血糖値を高めることなく低く抑えることにも成功したのだ。

メニューはあくまでもオーダーメイド

オーダーメイド

その後研究グループは新たに募集した26人を対象に、ソフトウエアが作るメニューの有効性を確認する実験を行った。具体的にはこのソフトウエアと食指導の専門家が26人のために個別に開発した、一方はそれぞれの個人の食後血糖値を低く抑える健康的なメニューと、もう一方は食後血糖値を急激に高める不健康なメニューを1週間ずつ食べて、その間の食後血糖値と腸内細菌叢の変化を追跡するという実験だ。第1週の「健康的なメニュー」あるいは「不健康なメニュー」の割り振りは無作為に行った。その結果、いずれの「健康的なメニュー」でも食後血糖値は低く抑えられた。またいずれの「不健康なメニュー」でも毎食後、血糖値が急激に上昇した。そして「健康的なメニュー」では、ユウバクテリウムやバクテロイデス、ロウゼブリアのような細菌が増加して2型糖尿病への危険が低減しているが、「不健康なメニュー」ではバクテロイデスは減少した。つまり「健康的なメニュー」は腸内細菌叢の改善にもつながることが明らかにされたのだ。

しかし、このメニューはあくまでも特定の個人のために開発されたもの。あなたにとっての理想の健康メニューが、誰にとっても健康メニューであるとは言えないということだ。

■参考文献
Cell: Personalized Nutrition by Prediction of Glycemic Responses