母乳が赤ちゃんウサギの感染症対策になっている
以前、ウサギの赤ちゃんがどのように腸内細菌叢を獲得していくのかについて紹介しましたが、実はヒトでも赤ちゃんの腸内細菌叢の構築に母乳のはたらきが大きく影響しているようです(記事末の関連記事を参照)。そこで今回は、母乳との関係に焦点を当てて、ウサギの赤ちゃんの腸内細菌の変化についてもう少し詳しく紹介いたします。
赤ちゃんウサギの消化管は無菌で無力
出生時の赤ちゃんウサギの消化管内には細菌がいません。外部からの細菌が徐々に侵入してくるのですが、入るがままに任せていては有害な細菌も、以前ご紹介した栄養素摂取に重要な細菌も等しく侵入し、単に強いものが増えてしまいます。
これでは、免疫も十分に獲得していない、体力もない赤ちゃんは、感染症や腸炎になって死んでしまいます。授乳期の赤ちゃんウサギの死亡原因で恐れられているのが、この感染症による細菌性の壊死性腸炎や全身性敗血症です。
これを防いでいるのが母乳です。母乳のpHは5.0~6.5で、細菌が繁殖可能な環境であるにも関わらず、母乳は重要な静菌的役割を果たしています。その具体的な機序について見ていきましょう。
母乳成分が細菌の侵入を抑える
脂質の構成成分である脂肪酸と呼ばれる化合物は、それを構成する炭素の数で長さが決まり、おおまかに分類されています。母親ウサギの母乳には、C8脂肪酸(カプリル酸)およびC10脂肪酸(カプリン酸)、いわゆる中鎖脂肪酸かつ飽和脂肪酸が豊富な乳脂肪が多量に含まれています。
これらの化合物が、消化管の前方での細菌の侵入を抑制しています。古くから、特にStaphylococcus aureus、Candida albicans、Lactobacillus acidophilus(ラクトバシルス属)、Clostridium welchii(クロストリジウム属)などに対する抑制効果について示されてきました。
母親を失った赤ちゃんウサギに、これらの脂肪酸が十分に含まれていない代替の乳製品を哺乳した場合、腸の感染症に対する感受性が上昇したという報告もあります。
中鎖脂肪酸が重要な役割を果たす
C8脂肪酸およびC10脂肪酸を含むウサギの母乳と、脂肪酸をリパーゼで分解したものとを比較して、これらの脂肪酸の効果を調べた実験があります。脂肪酸を分解した母乳のほうが、そのままの母乳よりも、培養細胞に添加したときに大腸菌感染に対する細胞の生存率を低下させました。
また、赤ちゃんウサギの感染実験では、離乳後の赤ちゃんにC8およびC10脂肪酸を与えた場合、与えなかった群に比べて感染症状は軽度で、死亡率は低く、盲腸内大腸菌数も少なかったという結果でした。これらの脂肪酸を与えた感染群と、非感染群では、最終的に成長に差が見られなかったそうです。
C8脂肪酸のカプリル酸そのものを単独で細胞添加した別の実験でも、静菌効果が認められています。このように、母乳に含まれる脂肪酸には、重要な役割を果たすものがあることが分かります。
病原性大腸菌の感染リスクも下げる
ヒトでも重篤な症状を引き起こす腸管病原性大腸菌(EPEC)ですが、EPECが赤ちゃんウサギに感染するときの母乳の影響について調べられた研究があります。
母乳を摂取していた赤ちゃんウサギでは、強制的に離乳するまでの期間で比較した場合、授乳期間がより長かった群では短かった群に比べて、感染の症状発現が遅延し、死亡率が低下しました。
また、培養細胞での実験では、母乳から分離された乳清では静菌作用がほぼ消失し、乳脂肪(脂肪酸)に静菌作用があることがより支持される結果となりました。さらにこの研究では、4分の1まで希釈した母乳でも感染抑制の効果が変わらず、10分の1まで希釈してもおよそ半分の細胞が生き残るという静菌効果が示されました。
胃酸と乳酸へバトンタッチ
固形物を食べ始め、授乳量が減少すると母乳による効果が薄れ、胃内のpHは1~2のあたりに低下します。こうして強酸性になることで、外部から侵入した菌を自分の力で殺菌するようになります。
そして、ウサギの腸内細菌叢が生成する乳酸もまた、静菌的作用をもちます。乳酸は、細胞壁の酵素活性や脂肪酸の構成を変え、細胞内のpHを変化させる効果があるのです。胃酸と乳酸のはたらきにより、ウサギの消化管で細菌が感染するのを防いでいます。
このように母乳は生後、赤ちゃんウサギが最も弱い期間にその胃腸内の環境を守り、腸内細菌叢を作るための重要な役割を果たしているのです。
ヒトだけではなく、腸内細菌叢の機能が異なるウサギでも、腸内細菌叢の構築には母乳のはたらきが重要な役割を果たしているのです。
■関連記事
■参考文献
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