動脈硬化と腸内細菌叢の研究はここまで来た——20億円規模の研究も進行中
前回は動脈硬化と腸内細菌のつながりについて、TMAOという物質を中心にお伝えしました。しかし実際には、TMAO以外にも様々なかたちで腸内細菌が動脈硬化に関わっていることがわかりつつあります。今回は、それらを私たちのデータも含めてお伝えします。
無菌マウスでは動脈硬化が軽減する
私たちは、動脈硬化における腸内細菌の関わりを直接調べるために、動脈硬化モデルマウスであるアポリポ蛋白E遺伝子欠損(ApoE欠損)マウスを無菌化しました1)。そして、通常マウスと無菌マウスを5ヶ月間飼育し、大動脈に形成される動脈硬化性プラークを比べたところ、無菌マウスでは動脈硬化の程度が軽減することがわかりました。
なぜ無菌ApoE欠損マウスでは動脈硬化が軽減したのか、いろいろ検討を重ねた結果、私たちは慢性炎症に注目しました。その理由は、動脈硬化をはじめとした生活習慣病では慢性炎症が深く関わっており、また腸内細菌がさまざまな免疫細胞の誘導に関与しているからです。動脈硬化性プラーク内にある炎症性細胞を免疫染色法で調べたところ、プラーク内のマクロファージの数が無菌マウスでは少ないことがわかりました。
マクロファージを活性化させる因子の一つにリポ多糖(LPS)が知られていて、LPSはグラム陰性菌の細胞壁外膜を構成する成分でもあります。また、以前からメタボリック症候群においてLPSの関与が知られています。
高脂肪食を摂取すると、腸管にマクロファージやT細胞などの炎症細胞が浸潤し、腸管のバリア機能が下がります。その結果、腸管内のグラム陰性菌由来のLPSが血中に移行し、全身性の炎症をもたらすと考えられています。この考え方を、「メタボリックエンドトキセミア」と呼びます。
私たちの実験でも、通常マウスと無菌マウスの血中LPS濃度を測ったところ、無菌マウスで半分以下となっていました。さらに、マクロファージに発現するIL-6やTNFαの炎症性サイトカインも、無菌マウスで低くなっていることがわかりました。
つまり、無菌ApoE欠損マウスで動脈硬化が軽減する理由は、メタボリックエンドトキセミアが改善し、マクロファージから産生される炎症性サイトカインが少ないからであると考えられました。
Akkermansia muciniphilaによる心血管病治療の可能性
先ほど述べたように、肥満や糖尿病で慢性炎症が生じる機序として「メタボリックエンドトキセミア」の考え方が提唱されています。このメタボリックエンドトキセミアに対して、腸内常在菌の一つであるAkkermansia muciniphilaが好ましい効果をもたらす可能性があり、注目されています。A. muciniphilaは、腸管粘液の主成分であるムチンを分解する菌として知られていて、主に腸管粘液層に存在します。
高脂肪食を食べたマウスでは全身性の炎症が起こり、メタボリック症候群を発症しますが、その腸管を観察すると粘液層が薄くなり、A. muciniphilaの数も少なくなります。しかし、A. muciniphilaを口から投与すると、粘液層の厚さや腸管の透過性が元に戻るとともに、メタボリックエンドトキセミアとメタボリック症候群の改善を認めました2)。
また、糖尿病の治療薬の一つであるメトフォルミンを肥満マウスに投与するとA. muciniphilaが増加することも知られていて、メトフォルミンが作用する機序のいずれかがA. muciniphilaを介していることも考えられます3)。さらにA. muciniphilaは、動脈硬化に対しても治療効果があることがわかりました4)。
しかし、A. muciniphilaは酸素に弱いため、実際に臨床応用しようとすると製剤化へのハードルが高いことが想像されます。そこで、ベルギーの研究グループは、A. muciniphilaの細胞壁外膜からAmuc_1100という蛋白を単離しました5)。Amuc_1100は低温殺菌をしても安定であり、A. muciniphilaと同様の治療効果があることがわかりました。今後は、Amuc_1100による心血管病への臨床応用の可能性が考えられます。
臨床研究からみた動脈硬化と腸内細菌叢
動脈硬化と腸内細菌叢の関わりについて、動物モデルの実験だけでなく、いくつかの臨床研究が報告されています。
頸動脈に重度の動脈硬化がある患者と健常者の糞便をメタゲノム解析で比較した研究によると、患者群ではCollinsella属が多く、健常者群ではRoseburia属やEubacterium属が多く存在することが認められました6)。機能的な解析では、患者群の菌叢にはペプチドグリカン合成に関わる遺伝子が多く、抗酸化作用のあるβカロテンの合成酵素が少ないという結果でした。
私たちは冠動脈疾患の患者と健常者の腸内細菌叢を比較し、患者群ではLactobacillales目が多く、健常者群ではBacteroidetes門が多いことがわかりました7)。
さらに、肥満や糖尿病、冠動脈疾患の領域では、MetaCardisという20億円規模のヨーロッパを中心とした多施設共同研究において腸内細菌叢のメタゲノム解析が進行中であり、その結果が待たれます。
■参考文献
- Kasahara K, et al. Commensal bacteria at the crossroad between cholesterol homeostasis and chronic inflammation in atherosclerosis. J Lipid Res. 2017; 58(3): 519-528.
- Everard A, et al. Cross-talk between Akkermansia muciniphila and intestinal epithelium controls diet-induced obesity. Proc Natl Acad Sci U S A. 2013; 110(22): 9066-71.
- Shin NR, et al. An increase in the Akkermansia spp. population induced by metformin treatment improves glucose homeostasis in diet-induced obese mice. Gut. 2014; 63(5): 727-35.
- Li J, et al. Akkermansia Muciniphila Protects Against Atherosclerosis by Preventing Metabolic Endotoxemia-Induced Inflammation in Apoe-/- Circulation. 2016; 133(24): 2434-46.
- Plovier H, et al. A purified membrane protein from Akkermansia muciniphila or the pasteurized bacterium improves metabolism in obese and diabetic mice. Nat Med. 2017; 23(1): 107-113.
- Karlsson FH, et al. Symptomatic atherosclerosis is associated with an altered gut metagenome. Nat Commun. 2012; 3: 1245.
- Emoto T, et al. Analysis of Gut Microbiota in Coronary Artery Disease Patients: a Possible Link between Gut Microbiota and Coronary Artery Disease. J Atheroscler Thromb. 2016; 23(8): 908-21.