2017年5月2日

ウサギの食糞(前編)——なぜウサギは自分の糞を食べるのか

ウサギの食糞て何?と聞かれて、意気揚々と立ち上がった元ウサギ担当獣医師の端くれの野本です。初めまして。

臨床獣医師だけでなく、特に野生動物好きが高じて、これまで保全団体や州政府機関などの仕事に参加してジャングルやサバンナでボランティアをしたり、研究所でフィールドワークやラボでの実験など様々な研究の助手をしたりしてきました。

ウサギに始まり、野生生物の腸内細菌叢の世界を垣間見たりと、何かと縁のあった動物たちの腸内細菌、その謎の世界について伝えていきたいと思います。

ウサギは毎日自分の糞を食べる

さて、食糞ですが、これが一言で済む単純な話ではありません。最近は、ヒトの間で消化器疾患の治療のために、腸内細菌叢を移植する便移植(fecal microbiota transplant)も話題です。ところが、ウサギの食糞は毎日のことで、かつ自分の糞を食べるのです。さらに、この食糞はウサギに限らず、昆虫、鳥類、ネズミ、モルモット、ウマ、霊長類など、さまざまな動物でこれまで報告されています。

今回は前後編2回に分けて、食糞とウサギの消化管内細菌叢の関係についてご紹介いたします。

盲腸の細菌叢が作る栄養豊富な糞

食糞は、誰の糞を食べるかという点で2種類に分けられます。一つは自分の糞。もう一つは他の個体、代表的なのは親の糞です。食糞で食べられる糞は、普段目にする普通の糞といくつかの点で異なる特徴を持っています。

糞と細菌叢を語るには、まず、ウサギの食事と消化器、そして消化方法についてお話しなくてはなりません。私の恩師の一人はよく、「ウサギは小さなウマである」と言っていました。実際、その食生活は驚くほど似ています。一般的なイメージとして、ニンジンなどの野菜を多く食べる印象がありますが、食べ物の大部分は牧草(草)で、これを一日中気が向いたときに食べ続けます。

しかし草が主食となると、必須栄養素を鑑みるに、タンパク質やビタミンなど動物性食材に多く含まれる栄養素をどう摂取しているのでしょうか。

実は、ウサギもウマも後腸発酵動物とも呼ばれ、盲腸や大腸に植物の細胞壁(セルロース)を分解できる細菌叢を持ち、栄養素を得ることができるのです。ウサギは、その大きな盲腸で細菌叢による発酵を行っています。一方、ウシなどの草食動物は胃内発酵なので、前腸発酵動物と呼ばれています。

また、体サイズの小さい動物は大きい動物に比べて代謝が早い傾向にあるため、エネルギーや栄養の摂取効率を上げなければなりません。そこで、ウマに比べて小さなウサギは、自分の糞を食べることにより栄養の摂取効率を最大化しているのです。これが第一の食糞、自家食糞です。

ウサギは盲腸内の細菌叢により生成されエネルギー源となる揮発性脂肪酸やビタミンなど、重要な栄養素を血中へと吸収しています。しかしそれだけでなく、同様に生成されたタンパクやビタミンを豊富に含む「盲腸糞」と呼ばれる特別な糞を排泄します。通常の糞と比べて、なんとタンパク質は80%多く、ビタミンB群は4~6倍の量が含まれています。見た目も普通の糞とは異なり、小さなぶどうの房状で粘膜に包まれている、湿った糞です。これを食べて再吸収することで、栄養素の摂取効率を上げているのです。

ウサギの細菌叢もバランスが大事

この発酵には、バランスの取れた細菌叢が不可欠です。デンプン、糖、タンパク質を摂りすぎると、発酵に好ましくない細菌(例えばクロストリジウム属など)がかたよって増えてしまい、好ましい細菌(バクテロイデス属など)が相対的に減って、このバランスを損なってしまいます。細菌叢のバランスが崩れるなどして正常な盲腸糞の供給が絶たれると、ウサギは重篤な栄養失調やビタミン欠乏に陥ってしまい、場合によっては死に至ります。

また、この盲腸糞に含まれる細菌叢は、食糞された後も粘膜に保護されて数時間滞留することで、pHの極端に低い胃内での発酵にも寄与する重要な役割を担っています。

後編では、他の個体の糞を食べる食糞についてご紹介いたします。

■参考文献