動脈硬化と腸内細菌叢をつなげる物質TMAOとは?
アメリカの細菌学の研究室で「宿主と細菌叢の連関」をテーマに研究をしている笠原和之です。腸内細菌叢はさまざまな健康状態や病気と広くかかわっていますが、今回と次回の2回にわたって、私の研究分野である動脈硬化と腸内細菌のつながりについてお伝えします。今回はまず、この分野がどのように広がってきたのか、これまでの世界の研究の流れをまとめます。
心血管病の患者では18種類の血中成分量が変わる
2006年にワシントン大学のJeffrey Gordon教授を中心とするグループが肥満における腸内細菌叢の役割についての発見を報告して以降、つぎつぎに腸内細菌叢と生活習慣病に関する研究が発表されてきました。
2011年には、クリーブランドクリニックのStanley Hazen教授らのグループから、心血管病と腸内細菌代謝物に関する画期的な発見が報告されました1)。
Hazen教授らはまず、過去3年間に心筋梗塞や脳卒中を発症した患者と、年齢と性別をマッチさせた健康な人から血液を集め、含まれている成分を比べました。ここで用いた検査法が液体クロマトグラフィー質量分析法(LC/MS)というメタボローム解析のひとつです。メタボローム解析もしくはメタボロミクスとは、代謝物質(DNAやRNAではなく代謝物)の種類や濃度を網羅的に分析できる、とてもパワフルな手法です。
患者群と健常者群の間で、18種類の代謝物で著しい差があることがわかり、このうち3種類の代謝物は同じ代謝経路にある可能性が考えられました。さらに詳しく調べた結果、この3つの代謝物は、コリン、ベタイン、トリメチルアミンNオキシド(TMAO)という物質であることがわかりました。
TMAOの血中濃度が高いと心血管病になりやすい
コリンとは、細胞膜の構成に必要な栄養素です。私たちの食事におけるコリンの供給源は、卵やレバー、赤肉などに存在するレシチンに由来します。
食事で体内に摂取したコリンは、一部はそのまま体内に吸収されベタインに変換されます。吸収されなかったコリンは腸内細菌の栄養源となり、腸内細菌によりトリメチルアミン(TMA)が産生されます(記事末に詳細を記載)。
TMAはガス状の物質であり、魚の匂いに似た強い悪臭がします。TMAが体内に吸収されると門脈を経由して肝臓に運ばれ、肝臓の酵素によりTMAOに代謝されます。
実際にコリン、ベタイン、TMAOの血中濃度と心血管病の関連を1876名の患者で調査すると、それぞれの血中濃度が高ければ高いほど心血管病の発症率が高くなることがわかりました。
心臓を栄養する血管である冠動脈は計3本あり、動脈硬化により中が狭くなった冠動脈の本数によって、一枝病変、二枝病変、三枝病変と分類され、後者の方がより重症度が高くなります。血中TMAO濃度をそれぞれで分類すると、一枝病変、二枝病変、三枝病変の順に濃度が高くなりました。つまり、冠動脈疾患がより重度になるほど血中TMAO濃度が高くなることもわかりました。
動脈硬化モデルマウスにおける腸内細菌叢とTMAO
マウスを使った実験も行われています。動脈硬化モデルマウスに、通常の餌とコリンを含んだ餌を投与して動脈硬化の程度を調べると、コリン食を与えられたマウスがより重度の動脈硬化を示しました。
次に、腸内細菌叢の関与を調べるために、通常食とコリン食を与えられたマウスに抗生物質(バンコマイシン、ネオマイシン、メトロニダゾール、アンピシリンの混合物)を投与すると、先ほど見られたコリン食による動脈硬化の悪化は認められませんでした。
つまり、たとえコリン食を食べても、腸内細菌がいなければTMAを産生できず、血中TMAOの値は上昇しないので動脈硬化が悪化しない、という論理です。
TMAOに注目する研究が発展している
この報告を皮切りに色々なことがわかってきました。赤肉に含まれるL-カルニチンという栄養素もコリンと同じように、腸内細菌に代謝されてTMAを産生しTMAO濃度を上げて動脈硬化を悪化させます2)。またTMAOは急性心筋梗塞3)をはじめとした血栓症4)、心不全5)、腎不全6)など、さまざまな疾患の原因にもなるようです。
しかし脳卒中の患者では、逆にTMAO値が少ないとも言われており7)、まだわかっていないこともたくさんありそうです。
TMAを産生する腸内細菌に注目する
以上のように、TMAOはさまざまな病気を悪くする物質であり、誰もができるだけ低くしたいと思うに違いありません。では、そのためにはどうすればよいのでしょうか。上に書いたように、TMAOは食事中のコリンやレシチンに由来するものなので、コリンやレシチンの含むものを控えればよいのでしょうか。
実は、そんなに単純ではなさそうです。コリンは細胞膜の維持に重要な必須栄養素であるだけでなく、コリン不足は認知機能の低下や脂肪肝につながるとされるからです。
では、食事以外で血中TMAO濃度を規定する要素は何があるでしょうか。最近、私の所属する研究室から発表した報告8)では、i)性別(女性>男性)、ii)遺伝背景、iii)腸内細菌種がそれぞれ血中TMAO値に影響を与えることがわかりました。特に注目すべきはiii)で、腸内細菌の種類によってTMAを産生する能力が異なっていました。
とても面白いことに、「腸内細菌がTMAを産生するのに必要な酵素」を標的とした薬剤(3,3-ジメチル-1-ブタノール)の開発も進められています9)。この薬があれば、TMAの産生を抑えて、心血管病を防ぐことができるかもしれません。
TMA産生菌について:
私たちの研究室では79種類のヒト由来の菌を用いてTMA産生能をスクリーニングしたところ、8種類の菌種(Anaerococcus hydrogenalis, Clostridium asparagiforme, Clostridium hathewayi, Clostridium sporogenes, Edwardsiella tarda, Escherichia fergusonii, Proteus penneri, Providencia rettgeri)でTMA産生能を認めました8)。しかしこれ以外にも、TMA産生能をもつ菌がいる可能性は十分にあります。
参考文献
- Wang Z, et al. Gut flora metabolism of phosphatidylcholine promotes cardiovascular disease. Nature 2011; 472: 57-63
- Koeth RA, et al. Intestinal microbiota metabolism of L-carnitine, a nutrient in red meat, promotes atherosclerosis. Nat Med 2013; 19: 576-85
- Li XS, et al. Gut microbiota-dependent trimethylamine N-oxide in acute coronary syndromes: a prognostic marker for incident cardiovascular events beyond traditional risk factors. Eur Heart J 2017, in press
- Zhu W, et al. Gut Microbial Metabolite TMAO Enhances Platelet Hyperactivity and Thrombosis Risk. Cell 2016; 165: 111-24
- Tang WH, et al. Prognostic value of elevated levels of intestinal microbe-generated metabolite trimethylamine-N-oxide in patients with heart failure: refining the gut hypothesis. J Am Coll Cardiol. 2014; 64: 1908–1914.
- Tang WH, et al. Gut microbial-dependent trimethylamine N-oxide (TMAO) pathway contributes to both development of renal insufficiency and mortality risk in chronic kidney disease. Circ Res 2015; 116: 448-55
- Yin J, et al. Dysbiosis of Gut Microbiota With Reduced Trimethylamine-N-Oxide Level in Patients With Large-Artery Atherosclerotic Stroke or Transient Ischemic Attack. J Am Heart Assoc 2015; 4: e002699
- Romano KA, et al. Intestinal microbiota composition modulates choline bioavailability from diet and accumulation of the proatherogenic metabolite trimethylamine-N-oxide. MBio 2015; 6: e02481
- Wang Z, et al. Non-lethal Inhibition of Gut Microbial Trimethylamine Production for the Treatment of Atherosclerosis. Cell 2015; 163: 1585-95