2016年10月12日

ICUからの帰還を支える腸内細菌叢(腸内フローラ)の多様性―腸内毒素症を制するアイディア

ICU

ICUの入院患者の腸内細菌叢(腸内フローラ)を健常者のそれと比較すると、入院患者では健康維持に関わりをもつ共生細菌の数多くの分類群が喪失する代わりに、少数の病原性細菌が異常増殖しているという特徴を持っている。重篤な疾患が契機になると考えられるこの「腸内毒素症」と呼ばれる状態は、院内感染や敗血症、多臓器不全にもつながっている。この「腸内毒素症」を解消し、患者の転帰を改善するアイディアがAmerican Society for Microbiology, ASMの電子メディアmSphereに2016年8月31日付けで公開された。

腸内毒素症に迫る

腸内毒素症を制するアイディアを提案したのは、カリフォルニア大学医学部小児科学のMacDonald博士を中心とする研究チームである。

アメリカとカナダの4医療機関のICUで危篤状態にある115名の患者を対象に、糞便・口腔・皮膚細菌叢の大規模モニタリングを行った。それぞれのサンプル採取のタイミングは、ICUへの転入48時間以内とICUからの転出時またはICU滞在10日目であった。

サンプルの評価基準

すべてのICU患者からのサンプルの収集や処理は、Earth Microbiome Projectのプロトコールに従って行われた。評価のために参照した細菌のソースサンプルは、健康と自己申告した成人、健康な小児、建物内部のさまざまな表面についたホコリ、土中の分解遺体の皮膚やそれを取り巻く土壌など、実にさまざまな環境の細菌を含むアメリカ腸プロジェクト(AGP)のQiitaのデータベースである。そして、サンプルに存在する分類群の差分の評価を行った。

ICU転入時の患者の状況

その結果ICU転入時サンプルの細菌叢構成の多くは、例えば糞便なのに糞便とは認識できない、あるいは、分解遺体に似ているといった予期しない構成を示しており、AGPサンプルに示される健常者の細菌叢構成とは大きくかけ離れたものであった。この傾向は、糞便サンプルにも口腔サンプルにも共通するものであった。

腸内細菌叢(腸内フローラ)の変遷

そしてこのような腸内細菌叢の破綻は、入院することになった疾患や怪我など、入院の原因とは無関係に危篤状態の患者に共通して見られた。そしてこのような腸内細菌叢の破綻は、それ以降のICU滞在中に予期せぬ環境ソースの影響を受け、迅速に腸内毒素症に陥ることが示された。これにともなって、Salmonella属、Enterobacter属、Citrobacter属、Erwinia属、Serratia属、Pantoea属などのEnterobacteriaceae科やStaphylococcaceae科の炎症性細菌群の増殖が認められた。

このような変化は、細菌の門レベルの分類によって特徴がより明確にとらえられた。すなわち、ICU患者の糞便サンプルでは、ファーミキューテス門とバクテロイデーテス門の存在量が比較的低く、プロテオバクテリア門の存在量が相対的に増加する傾向が認められる。このような細菌叢構成が健康な細菌叢のバランスから大きく逸脱していることは言うまでもない。したがって、患者の予後を左右する要因が腸内細菌叢の多様性にあることは明らかである。

腸内毒素症制圧の方向性

これらのデータが示す方向は、潜在的にさまざまな病気を引き起こす腸内毒素症に対して、健康な腸内細菌叢を復元することで腸内の状況を改善し、ICU患者の転帰を良好なものにできる可能性である。

道しるべとなる先行研究

これまで積み重ねられてきた研究では、健康に寄与できる共生細菌群は、ヒト細胞の抗菌ペプチドを誘導することによって、抗菌因子、免疫細胞の増殖調節、粘液およびIgAの産生、ムチン分泌の誘導、腸上皮バリア保護効果の誘発などを通して、腸内毒素症や病原性細菌群を抑制し、病気から回復させることが示されている。

プロバイオティクスとしての「糞便ピル」

健康増進に有用な細菌叢を再定着させることによる転帰の改善例としては、不応性重症敗血症および重症の下痢患者に対して糞便移植を実施することによって治療に成功した症例がある。また研究チームが手掛けた研究では、ファーミキューテス門の細菌をほとんど失う代わりにプロテオバクテリア門の細菌が増殖しているICUの患者に対して糞便移植を行った結果、腸内細菌叢のバランスは改善し、患者は急速に回復に向かったという知見にも合致している。

腸内毒素症をターゲットとして、健康な腸内細菌叢を復元するプロバイオティクスとしての「糞便ピル」のような標的療法の開発が求められているのだ。

 

■参考文献