2016年9月29日

霊長類が教える腸内細菌叢(腸内フローラ)多様性喪失のプロセス

霊長類が教える腸内細菌叢(腸内フローラ)多様性喪失のプロセス

現代の西洋型食生活によって、人類が本来持っていた腸内細菌叢の多様性が急激に失われているという証拠が次々と提出されている。ミネソタ大学獣医学部の大学院生Jonathan B. Claytonを中心とする研究チームは、霊長類を素材とした研究でその多様性喪失のプロセスを明らかにし、米国科学アカデミー紀要PNAS電子版2016年7月19日号に発表した。

腸内細菌叢の多様性が失われると…

腸内細菌叢構成のアンバランスは、感染性疾患、代謝性疾患、アレルギー、自己免疫疾患、クローン病や潰瘍性大腸炎など腸に影響を与える炎症、直腸がん、うつ、自閉症などと結びついている。細菌叢のアンバランスに起因するこれらの多用な症状を総称して腸内毒素症と呼んでいる。

腸内毒素症とは

腸内毒素症は、ピーターセンとラウンドの定義では、まず有用共生細菌群の喪失、次いで病原性や傷害性をもつ細菌群の増殖、最後に全体的な多様性の喪失という3つのカテゴリーから構成され、それらが同時に起こることとしている。

ここに至る出発点である腸内細菌叢構成のアンバランスは、人類本来の食事から進化的には逸脱している西洋型食生活、すなわち高脂肪・高タンパク・高糖分と、植物系繊維が極端に不足するという食事内容の結果であると考えられている。したがって食生活が腸内細菌叢の確立と維持にどのように影響しているのかを理解することは重要である。そこで研究チームは、生物学的には人類にもっとも近縁なモデル動物として霊長類を設定した。

ユニークな研究デザイン

研究チームは具体的なモデル動物として、ドゥクラングール(Pygathrix nemaeus)とマントホエザル(Alouatta palliata)の2種類の霊長類を選択した。両種は食葉性の霊長類で、動物園で与えられる非植物性の飼育飼料と比較すると、かれらが常食にしているさまざまな木々の葉は栄養的には乏しく難消化性である。したがって、餌となる植物それぞれに対応した多様な腸内細菌をもっている。

サンプリングと分析

腸内細菌叢構成を特定するための糞便のサンプリングは、ドゥクラングールではベトナムのジャングルを生活の場とする野生個体群、同じくベトナムの保護区を生活の場とする半野生個体群、そしてベトナムとアメリカの動物園で飼われている飼育個体群など合計93個体を対象に行われた。マントホエザルへのサンプリングは合計56個体の野生個体群と動物園飼育個体群を対象にコスタリカで行われた。

腸内細菌叢構成を特定するためのメタゲノム分析には、次世代シーケンサーを用いて16S rRNA遺伝子から増幅したV4領域のDNA配列が用いられた。

その結果、ドゥクラングールもマントホエザルも野生個体群の腸内細菌叢はそれぞれ高度に分岐しており、独自性が高いものであった。しかし飼育個体群では、これらの2種は地理的分布も、飼料も、腸の生理機能もまったく異なっているにもかかわらず、同じ腸内細菌叢構成に収束していることが明らかにされた。そしてこの事実は、アメリカ・ベトナム・コスタリカの3ヶ国3つの動物園でも共通していた。

ヒトの介入がもたらしたもの

研究チームは腸内細菌叢構成の収束のパターンを確認するために、ドゥクラングール飼育施設とは異なるアメリカ国内の1つの動物園で飼育されている8種33個体の飼育集団を対象にサンプリングと分析を行った。その結果は、ドゥクラングールとマントホエザルで見られた腸内細菌叢構成と同じ状態に向かって収束する傾向が確認できた。

これから導かれる仮説は、腸内細菌叢の収束は飼育に関連した飼料や飼育担当者との接触などライフスタイルから受ける大きな影響の結果というものである。

そこで研究チームは、この仮説を検証するためにベトナムの保護区で生活する18頭の半野生個体群を対象にサンプリングと分析を行った。この集団では、飼育担当者がジャングルから調達した現地の植物を食餌として与えられており、完全な飼育下にある動物よりも飼育が及ぼす影響は軽減されているはずである。果たして半野生個体群の腸内細菌叢構成は、野生個体群と飼育個体群との中間レベルに収まるものであった。

このことは、飼育による飼料およびライフスタイルの変更のレベルは、野生個体群の腸内細菌叢からの逸脱のレベルに深く関わっていることを示唆している。

さらにすべての飼育個体群で確認できた事実は、飼育個体群の腸内細菌叢構成は、現代人のそれに向かって収束していたということである。

霊長類の飼育個体群が失ったもの

ヒトとマウスを対象とした最近の研究では、食物繊維の減少が腸内細菌叢の多様性を喪失させて、現代の西洋型の細菌叢へのシフトを引き起こすという仮説を支持している。

研究チームはドゥクラングールの野生個体群を約9ヶ月、半野生個体群を1年間追跡した結果、野生群では57種、半野生群では43種の植物を利用していることを確認した。一方飼育個体群に1年間に与えられた植物種は、ベトナムでは15種、アメリカでは1種であった。

これらの植物に加え、それぞれの個体群の食餌に含まれるミネラル・粗蛋白質・粗脂肪・可溶性糖・酸性デタージェント繊維・中性デタージェント繊維を測定した。その結果、ドゥクラングール飼育個体群では、リグニン・セルロース・ヘミセルロースなどの中性デタージェント繊維の減少が、野生個体群が保持している腸内細菌叢構成の崩壊とネイティブな細菌叢の喪失に関連していることを確認した。

飼育霊長類と人類の近代化に見られる平行現象

研究チームは、ドゥクラングールとマントホエザルの研究から得られたデータとともに、以前に発表されている西洋人(アメリカ n=129)と非西洋人(マラウイ・ベネズエラ n=21・34)成人から得られたデータとを合わせてメタアナリシスを実施した。

その結果、腸内細菌叢収束の軸は、野生個体群→半野生個体群→飼育個体群→非西洋人→西洋人へと向かっており、飼育下の霊長類にも、人類が近代社会に適応するなかで多様性を喪失してきたプロセスと同質の現象が見られた

また興味深いことに、飼育個体群ではヒトの腸内細菌叢のなかで支配的なバクテロイデスとプレボテラの2属が、相対的により高い存在量を示した。さらにバクテロイデスの相対的に高い存在量は、野性個体群よりも飼育個体群に、非西洋人よりも西洋人に見られた。これは、霊長類に対して飼育が人類における近代化と同様の影響を与えたことを示唆している。

この研究によって、腸内毒素症にもつながる腸内細菌叢の多様性喪失プロセスがモデル動物で確認できた意義は大きい。そればかりでなく、各国で進められている飼育動物の野生復帰事業にも関連する知見が得られたことによって、そのトライアルの質も高まるであろう。

 

■参考文献