2018年7月24日

パンダの腸内細菌叢は竹の消化に適しているのか?

パンダといえば竹や笹を食べている、ということは広く知られていますが、彼らはクマの仲間です。クマは雑食または肉食で、肉食動物らしい短い消化管をしています。ということは、パンダの消化管や腸内細菌叢にはクマと大きな違いがありそうです。今回はそんなパンダについて紹介いたします。

パンダの消化管は竹に適していない

パンダはクマの仲間ですが、700〜800万年前の臼歯の形状は現在と同じ特徴を備えており、その頃すでに竹を食べていたと推定されています。パンダが肉ではなく竹を食べるようになった理由に、味覚に関連する遺伝子変異があるといわれています。

味覚には、甘み、塩味、苦味、酸味、旨味があり、このうち旨味は主に肉を食べた際に感じられるものです。およそ420万年前に、パンダで旨味の味覚の受容体をコードするT1R1遺伝子が変異して偽遺伝子化し、その受容体からの伝達に関与するドパミンによる報酬系も消失したため、パンダは完全に肉を好まなくなったといわれています。その後、竹を食べるために適したその他の形態学的特徴を備えていったと考えられています。

しかし、パンダの消化管は、未だに肉食動物のもつシンプルな形態を残しており、草食動物のような長く複雑な構造を持っていません。そればかりか、草食動物が草を分解するために使っている酵素類の産生に関与する遺伝子も持っておらず、パンダの持つ消化に関与する酵素類を産生するための遺伝子は全て肉食の近縁種と相同です。

パンダの消化管そのものは、竹を食べるようにはまだ変化していません。ではどうやって竹を消化し、十分な栄養やエネルギーを得ているのでしょうか。パンダがそれをできないのであれば、他のものが担っているはずです。現在では、この役割が腸内細菌叢によって担われていると考えられています。

草食動物と肉食動物で細菌叢は違う

一般的に、肉食や雑食の動物の腸内細菌叢は、その食餌に対応するように、それぞれに特徴的な多様性を持つよう適応進化してきたと考えられています。「食餌が細菌叢を決める」ということです。

草食動物の消化管内では、偏性嫌気性菌のバクテロイデス目(Bacteroidetes)、クロストリジウム目(Clostridiales)、フィブロバクター目(Fibrobacteles)、スピロヘータ目(Spirochaetales)が主要な細菌叢を形成しています。これらの細菌がセルロースを分解し、発酵することでつくられる物質から草食動物は栄養を得ることができます。

一方で、肉食動物の消化管内では、通性嫌気性菌のエシェリキア属(Escherichia)やエンテロコッカス属(Enterococcus)が主要細菌叢です。そして、パンダの場合は、エシェリキア属やストレプトコッカス属(Streptococcus)が主要細菌叢となっています。

パンダの細菌叢は季節変化する

中国の研究施設で飼育されている子どもから大人までのパンダ45頭の糞を経時的に採取し、その中に含まれる細菌叢の春夏秋の3つの季節ごとの移り変わりを調べた研究があります。DNAを網羅的に解析することで、糞などに含まれる膨大な数の細菌を明らかにする「メタゲノム解析」という手法が使われました。

その結果、全ての季節かつ年齢の個体で優先する細菌種は、ファーミキューテス門(Firmicutes)とプロテオバクテリア門(Proteobacteria)でした。

属レベルでは、エシェリキア属やシゲラ属(Shigella)が最も多く、この二つは季節を通じて変動が見られませんでした。クレブシエラ属(Klebsiella)も主要な菌属の一つでしたが、これは夏期に有意に増加し、それ以外の季節にはほとんど消失していました。その一方で、ストレプトコッカス属やクロストリジウム属(Clostridium)の一部が、春期や冬期には相対的に増加していました。

その他の細菌においても、同様になんらかの季節変化が見られました。冬期には、個体間の細菌叢の差異が大きく、各個体内の細菌叢は、著しく減少していました。これらの結果から、個体間の細菌叢の違いよりも、個体内での季節変動による細菌叢の差の方が顕著であった、という特性が示されました。

竹の成分変化が腸内細菌叢に影響を与える?

全ての季節を通して、パンダの食餌は変わらず竹が主でした。しかし、季節ごとの竹の成長に伴って、新芽を食べているなどの部位の変動があることが知られています。竹の部位に応じた窒素やリン、カルシウムの含有量などの違いについても報告されています。そのためか、餌を求めて移動するという行動生態に関する報告もあります。さらに、糞便に排泄されたこれらの元素量から、こうした元素の利用効率についても、食餌部位に関連した差が生じていることが報告されています。

冬期には新芽の摂取はできないため、こうした竹の成分変化が細菌叢に何らかの影響を与えているのではないかと考えられています。まさに「食餌が細菌叢を決める」ということです。

パンダは細菌叢的には肉食動物

この結果を元に、細菌叢を構成する主成分を様々な種と比較したところ、ホッキョクグマやメガネグマなど、雑食から肉食のクマの細菌叢に近いことがわかりました。草食動物とはかけ離れ、どちらかといえばライオンなどの肉食獣の方に近い主要菌群の構成をしているという結果でした。

前述のようなプロテオバクテリア門が多くを占めていて、クロストリジウム属の中でもセルロースを含むポリサッカライドを分解するスペシャリストとされる細菌群などは、繊維質の多い餌の割合が増加する冬期においても増加傾向を示していません。

つまり、竹という繊維質な食糧を分解し、栄養を得ているパンダの細菌叢の具体的な機能は推測しにくい結果となりました。

パンダの腸内細菌叢の研究は始まったばかり

このように、パンダの腸内細菌叢とその役割についての研究はまだ始まったばかりであり、未だ不明な点を多く残しています。メタゲノム解析が使えるようになって飛躍的に進みましたが、検出された細菌叢の役割がまだ分かっていないということもあります。パンダに限らず、これまで紹介してきたような家畜や伴侶動物のようなヒトに近い生物に比べ、分かっていないことが多いのが野生動物の腸内細菌叢の世界です。

パンダの腸内細菌叢が、竹を食べ始める過程でどのようにして形成されるのか、細菌叢は竹から栄養を取り込む手助けをしているのか、今後の研究に注目が集まっています。

参考文献