2017年4月25日

【ブックレビュー】自然の見えなかった半分を見つめる『土と内臓』書評

地質学者デイヴィッド・モントゴメリーと生物学者のアン・ビクレーの夫婦はシアトルに家を購入。苗木も用意したし、いざ理想の庭造りへ、とシャベルを土に突き立てると、勢いよく跳ね返される。土が最悪だったのだ。

デイヴィッドとアンは、庭の再生をきっかけとして、食物連鎖の起点である土に住む微生物を「自然の隠れた半分(原題である“The Hidden Half of Nature”)」として注目し始めた。ふたりが各種論文を渉猟してまとめたのが、今回紹介する『土と内臓』(築地書館)だ。

土を蘇らせる

アンは、対策として有機物を土に入れようと、お金のかからない木くず、落ち葉、コーヒーかす、木材チップを庭の隅に集めて積み重ねた。その堆積はいつの間にか土の中へと消えた。加えて、好気性細菌を培養した液肥「コンポスト・ティー」を植物に与えた。

いつしか、土の色は変わっていき、最初は見つからなかったミミズが来て、次に昆虫、しまいには鳥やアライグマまで寄ってくるようになり、庭は3年で地域のガーデンイベントで取り上げられるようになった。土が蘇ればミミズが育ち、ミミズをカラスが食べ、カラスの雛をハクトウワシが食べ、という食物連鎖が発生する。その食物連鎖の起点が、土に住む微生物だ。

実は、動物だけでなく植物も、自らと外界との境界に「マイクロバイオーム(細菌叢)」と呼ばれる微生物の集合体を住まわせている。

腸内細菌叢にも似た植物と微生物の関係

20世紀初頭、ドイツの農学者ローレンツ・ヒルトナーは植物の根、特に、根から数百万本生えている細かい根毛のまわりに土壌微生物が多いことに気づき、その範囲を「根圏」と名付けた。

有益な微生物は、タンパク質、ホルモン、その他の化合物を出し、それが信号となって植物は害虫や病原体をはねのける代謝回路のスイッチを入れる。微生物は植物の免疫反応を活性化させるのだ。

その代わり、根からは炭水化物、アミノ酸、ビタミン、フィトケミカルが浸みだし、微生物のごちそうとなる。浸出液に含まれる炭水化物はなんと、光合成で得られる量の3~4割にも達する。根の古くなった細胞もまた、微生物のエサとなる。有益な細菌は根の表面に寄り集まり、防壁となって病原菌を寄せ付けない。

根は共生菌に炭水化物を与え、代わりに共生菌の活動で吸収しやすくなった無機栄養素を吸収するという、栄養の交換を行う。動物の腸と腸内のマイクロバイオームの関係が、土壌においても再演されているかのようだ! 大腸の内側のヒダの奥に棲むことのできる菌は、粘液に含まれる炭水化物をエサとしていると知った著者らも、興奮気味にその類似点を指摘している。

そうした、腸とマイクロバイオームとの驚異的な共生および外敵の排除の詳細については、本書をぜひお手にとっていただきたい。

大腸にとって食物繊維は落ち葉や木くず

思えば、大腸というのは近年になるまで注目を浴びない、日陰の存在であった。例えば、腐ったものを溜める別になくてもいいもの、といったように。

しかし、排便による頻繁な一時休止で外敵に捕まらないためとはいえ、そんなに腐敗物を溜め込んだら身体に悪いのではないか。ヨーグルトを健康法として広めたメチニコフはそう発想し、腐敗菌の増殖を止める乳酸を出すことがわかっていた乳酸菌を利用することを思いついて、毎日ケフィアを飲み、71歳まで生きた。

実は、メチニコフの予感は当たっていた。Enterobacter(エンテロバクター)属などの細菌が出すリポ多糖、別名「内毒素」をはじめ、大腸の中身が血中に漏れ出す「腸管壁滲漏症候群」の存在である。

マウスの腸内微生物の構成が肥満に影響を及ぼすことを2004年に知った中国の微生物学者・趙立平は、自らに伝統的な食事を課して2年で20キロ体重を落とし、この食事法をWTPと命名した。ホールグレイン(全粒穀物)、トラディショナルフーズ(伝統食品)、そして大腸の共生菌のエサとなるオリゴ糖や食物繊維などを指す「プレバイオティクス」の頭文字を取ったのだ。

趙の成功を聞いた、体重175キロの肥満で健康を崩した男性が助けを求めたため、趙は男性を測定。彼の状態こそが「腸管壁滲漏症候群」であった。

欧風の食事は内毒素を作る細菌を増やし、消化管から漏れ出した内毒素は免疫細胞を刺激、全身性の炎症を引き起こすことで代謝が変化し肥満になる、という仮説が立てられた。

例の男性の腸内で内毒素を作っていたのはEnterobacter cloacae(エンテロバクター・クロアカ)であると特定された。その細菌を趙は無菌マウスに入れ、高脂肪の食事を与えると確かにそのマウスは太り、高い値の内毒素が検出された。そして、菌の導入と高脂肪食のどちらかだけだと太らなかった。

WTPダイエットは、例の男性をはじめ90人以上の肥満者に対して効果てきめんだった。腸内で有力な勢力であるバクテロイデーテス門およびファーミキューテス門の発酵細菌が、WTPに含まれる食物繊維を発酵し、代謝産物として短鎖脂肪酸を出す。

短鎖脂肪酸は、糖と脂肪を利用するプロセスの調節に寄与するほか、免疫にも影響を及ぼす。そして何より、大腸の壁の細胞の間隔を狭めて、腸管壁滲漏症候群を止めるのだ。食物繊維というのは、まるで庭における落ち葉や木くずのようだ。

化学肥料で育てられた植物は微生物と決別する

我々、人間は効率と安全を求めて、有害なものを排除し、無駄に見えるものを省いてきた。しかし、そうした旧来の生物観から脱し、ここで紹介してきたような新しい観点から、生命活動の様々な場面が見直されてきている(新旧の生物観の転換点を描く、著名科学者の伝記的エピソードには毎度うならされた)。

抗生物質は多数の人命を救ったが、その焦土作戦は耐性菌を生み出すと共に、有益なマイクロバイオームまで殺してしまう。

これと似たように、化学肥料を与えられた植物は必要物資を簡単に入手できるので、従来のように根を生やさず、周囲の菌に栄養もやらなくなり、菌の勢いは衰える。土は貧しくなり、菌との共生で実現してきた銅、マグネシウム、鉄、亜鉛など、ミネラルの植物への取り込みも行われなくなる。

そういった作物を人間は食べて、ミネラル欠乏に陥っている。微量ではあるが酵素反応などに必要なこれらの栄養がなければ、様々な不調が身体にも精神にも起こってくる。人間には見えなかった、自然の半分で行われていた生命の間の物質の循環や共生関係を断ち切っていたわけだ。

土と内臓、土壌細菌と腸内細菌

作物でつながる土と内臓。じつは両者に棲まう土壌細菌と腸内細菌も多くは腐生菌(サプロファイト)に分類されるそうだ。植物の根を裏返すと、消化管に似ていると著者らは言う。「消化管は身体の外側」とはよく言ったものだ。

マイクロバイオームは、根や腸という、栄養を取り込みつつも外敵はシャットアウトするという生命の境界面に存在する。だが、共生しているこちらと向こうの境界は浸透し合い、もはや境界を厳密に画定しようという気も失せてしまう。ミトコンドリアや葉緑体といった異物を取り込んで真核生物が生まれた昔から、生命とはそんなものなのかもしれない。

畑仕事と野菜料理で、身体の内も外も耕したくなってきた。