2018年12月4日

【ブックレビュー】身体と細菌がつむぐ「私」という軌跡 『細菌が人をつくる』

各界で活躍する人が一般の聴衆に向けてプレゼンテーションを繰り広げる「TED」。そこから生まれたTEDブックス日本版第12弾が、今回ご紹介する『細菌が人をつくる』(ロブ・ナイト、ブレンダン・ビューラー、朝日出版社)である。

しかし、細菌が「人をつくる」とはどういうことか。細菌が人を「構成する」? それとも細菌が人を「育てる」のか? まずは、人の成長という観点から見てみよう。

母から子へ、受け継がれる細菌

著者のひとりであるロブ・ナイトが、「父」になる直前の話。締切を越えて、仕事を支えてくれた身重の妻とともに軽く打ち上げをすることに。出産予定は3週間後。よーし、パパ、飲めない人の分まで3人分飲んじゃうぞー、といい気分。

そんな夜、突然妻に異変が。「破水したかも……」やむなく妻の運転で病院へ。出産まったなしの状況とわかり、家に置いてきたベビー用品等を持ってくるためタクシーを呼ぶも、運転手が道に迷って1時間待ってもこないので、徒歩で取りに行く羽目に。

そんななか、またもハプニングが。24時間が経過し、自然分娩から帝王切開へと方針が切り替わった。それからはトントン拍子、20分後には元気な女の子が誕生。

……そこで、細菌の研究者である新米パパは何をしたか。妻の膣から綿棒でサンプルを採取して、それを生まれたばかりの娘の皮膚、耳、口などにこすりつけたのだ。

腸内細菌に関心をお持ちの読者なら、ご存知かもしれない。おそらく、お腹にいる赤ちゃんは母親の産道を通るときに母親の常在細菌を受け継ぐのだと。また、実験用に特別につくられた無菌マウスは免疫系に問題がありアレルギー等を発症しやすく、また異常行動が見られやすくなると。

出産に向けて母親の体内で整っていく準備には、常在細菌の受け渡しも含まれているようだ。妊娠すると、膣内で特定のラクトバシルス属(Lactobacillus)が勢力を拡大する。膣内の細菌の構成には個人差があるのに、妊娠中は誰もが同じような状態になっていくという。そして、成人の常在細菌は多種多様であるのに対して、新生児の持つ細菌の構成も一様なのであった。

自然分娩で新生児に与えられるいわば「種菌」(このブックレビューを書いている私が勝手にこう呼んでいる)が膣・産道由来のものであるとするならば、帝王切開での出産時に新生児の種菌となるのは「膣とはまったく別物である」皮膚の細菌になる(そう、同じ人間でも、肌、鼻の穴、口、胃、腸、生殖器と、すんでいる細菌の構成は異なるのだ)。

著者ロブ・ナイトは、研究者らしく慎重な足取りで論を進める。今までの話から示唆されるように、帝王切開は生まれた子の細菌や免疫系関連の病気の発症率を高めると考えられる(今もなお議論中だが、肥満、食物アレルギー、アトピー性皮膚炎の名が挙がっている)。その一方で、「帝王切開による出産は免疫系関連の病気の発症率を高める」ものの、「比較的小さなリスクが増加する」程度で、帝王切開で生まれたことにあわてる必要はないと付け加える。

とはいえ、新しい医療技術により今までは必ず通り抜けてきた過程がすっとばされることで健康の問題が起こるかもしれないというのは「理にかなった考え」なので、妻から採取した種菌サンプルをこすりつける処置を、著者は誕生直後の我が子に施したというわけだ(ただ実際のところ、綿棒を使ったサンプル採取と移植が一番いい方法なのかわからないとも告白しており、素人が今すぐ真似するのはおすすめできない)。

食べたものがその人の細菌の構成をつくる

新生児は母親から受け継いだ種菌をもとに、自らの細菌の構成を発展させていく。この本の著者たちがひとりの子どもの便を誕生から生後835日まで調査したところ、最初、成人女性の膣の細菌の構成に似ていたものが、だんだんと成人の便の細菌構成に近づいていく様子が見て取れたという。

ただ、そこに至るまでの道筋はまっすぐなものではない。著者のプレゼンテーションを字幕付きで視聴できるのでぜひともご覧いただきたいが、そのなかで子どもの便の細菌構成が時系列によって皮膚、膣、便など身体のどの領域の細菌構成に近づいていくか、その変遷が動画のグラフで見ることができる(メディアミックスの利点だ!)。成人の膣の細菌構成から出発し、行きつ戻りつ、ぐねぐねとした軌跡を描くことに驚かされる。

その経過において、赤ちゃんの食べ物が母乳か粉ミルクかによっても、細菌の構成がかなり変わるという。乳離れして固形食になると、更に細菌構成は変化する。

じつのところ、食べたものがその人、つまり固有の細菌構成をつくるのだ。長期間にわたる食生活の傾向は腸内細菌へ影響をおよぼす大きな要因のひとつで、ざっくりいうと、肉食中心でタンパク質が多い食生活ではバクテロイデス属(Bacteroides)のグループが増え、穀物や食物繊維が多い食生活ではプレボテラ属(Prevotella)が増える(もちろん、実際はもっと複雑だが)。

ハーバード大学のシステム生物学者、ピーター・ターンボーたちは、急に「菜食のみ」や「肉・チーズ中心」といった偏った食生活に転換する実験をしたところ、菜食では腸内細菌にほとんど変化はなかったが、肉とチーズだけになると心血管疾患に関わるBilophila wadsworthiaビロフィラ・ワズワーシア)などが増えるなど、一晩で大きく変化したという。

ただ、食べたものが腸内細菌構成にどう影響するかというメカニズムは未だほとんど研究されていない分野なので、そこらへんについては待つべし、とのことだった。

私たちのもうひとつのアイデンティティ「細菌群集」

冒頭で、この本のタイトル「細菌が人をつくる」の意味について立ち止まってみたが、それは、細菌が人を育てる、というより、人の半身である細菌が相互依存しながらともに育っているかのような事態に思える。この本のイントロダクションで語られるのは、人が細菌とともに自分を構成しているという世界観だ。

人間を人間たらしめている臓器といえば、まっさきに思い浮かぶのは脳かと思う。その重量は平均的な大人で約1.4キログラム。そして、平均的な大人にすむ細菌の総重量も同じく約1.4キログラムほど。

重量では脳と細菌は互角だが、人間の身体の細胞と、身体の内外にすまう細菌の細胞を数で比べれば10倍以上、細菌側のほうがしのいでいるという。

生物学的なアイデンティティと目されている遺伝子についてはどうだろうか。ひとりがもつヒト遺伝子は約2万個、ひとりがもっている各細菌の遺伝子の総数は200万~2000万個、遺伝子の数でも99%以上は細菌なのだというショッキングな事実が突きつけられる(とはいえ、人間の遺伝子の方が細菌の遺伝子より複雑なのだ、と慰めてくれるが)。

これらの細菌は様々な種類のものが群集構造をつくり、身体の各部位で専門的な役割を果たしている。その分野は消化、免疫、行動全般にまでおよび、我々は文字通り細菌がいないと生きていけないし、我々の身体はひとつの独自な生態系なのだ。

幼少期には身体にすむ細菌の構成が安定しない。だからこそスタート時点の細菌の付着にああまでこだわったし、また、幼少期にペットを飼っていたり、農場の近くに住んだりすることでより多様な細菌にさらされ、花粉症などになりにくくなるなどと指摘されてもいる。だが、成長するとパートナーとキスしようが何をしようが、持っている細菌の構成の特徴自体はなかなか変わらなくなってくる。

だからこそ、細菌が定着した大人になっても細菌の群集が良い方向に向かうように、あるいはすでに健康問題を抱えているような細菌の群集を改善させる、様々な手法を考えるわけだ。細菌に都合のいい物質を供給する「プレバイオティクス」。有用な細菌を食品として送り込む「プロバイオティクス」。そして、細菌クロストリジウム・ディフィシル(Clostridium difficile)が引き起こす深刻な下痢を改善させたり、マウス実験では肥満体質を改善させたりしたとして注目を集める「糞便移植」を、すでにご存知の読者もあろう。

ブックレビュアーである私にとって新しかったのが、ワクチンでの腸内環境改善の可能性だ。ワクチンは、ある特定の細菌にだけ関わる免疫機能を鍛える。では、心血管疾患の原因となる物質を生産する細菌、大腸がんに見られる細菌、肥満に関わる細菌のワクチンが作れないだろうか。

さらに、「脳腸相関」の観点から、うつ病や心的外傷後ストレス障害へのワクチンの可能性についても語られる。マウスでの実験では、土壌細菌であるマイコバクテリウム・バッカエ(Mycobacterium vaccae)を施すと、大きくて強いマウスとの同居といった社会的ストレス状況でのストレス耐性が上がり、この細菌をもとにしたワクチン作成に成功したという発表も既にあったという。

常在細菌研究の未来

常在細菌の研究手法を人間の身体を超えて動物、地球にも広げ、様々な存在とつながるネットワークの媒介としての細菌について、我々は調査の目を向けようとしている。本で挙げられた可能性や研究課題には、実にわくわくさせられる。

・糞便移植について、サンプルはどれでもいいのか、マッチングを厳密にやるべきなのか。また、飲み薬でも代用できるのか。
・マウスではできた、肥満予防の細菌群集のデザインをヒトでも再現できるか。
・細菌を病気の治療に使うことができるか。

生態系を人間の都合のいいようにコントロールするということはなかなか難しく、我々は生態系が重要だと理解しつつはあるが、むしろ生態系への影響を予想できず、いきあたりばったりな行動をしがちである。この点、自らの内なる生態系である細菌群集への無理解な介入についてもあまり変わらない。

著者ロブ・ナイトたちは2012年に「アメリカン・ガット」プロジェクトを始め、細菌群集の遺伝情報の調査範囲を広げようとしている。クラウドファンディングで運営され、99ドル以上寄付すると、送った便のサンプルから見つかった細菌の情報にアクセスできる権利がプレゼントされるという。

この本の最後の挿絵は自分の保有細菌が示された「未来の住民カード」のイラスト。体内の細菌の特徴記述から、それに基づいた処方の段階へはいつ到達できるだろうか。