なぜウシのげっぷにメタン?——メタン産生菌の意義
今回は、反芻動物の特徴的な菌であるメタン産生菌を主役に紹介します。温室効果ガスであるメタンを産生する菌は、実はウシの第一胃に欠かせない存在です。なぜでしょうか。
げっぷに含まれるメタンの問題
ウシの第一胃にいる微生物は、消化分解と同時に二酸化炭素やメタンを生成し、これらはウシのげっぷとして排出されます。そして、二酸化炭素だけでなく、メタンもまた温室効果ガスの一つとして問題視されています。大気中のメタンの量は二酸化炭素に比べればかなり少ないものの、蓄熱効果が高いためです。
また、過去には、引火性を有するメタンが滞留して、牛小屋が爆発したという事件もありました。
このような性質をもつメタンの排出量を減らすことを目指して、メタンを産生する菌叢に関連する研究も多く行われています。ウシだけでなく、他の前腸発酵動物でも同様に注目されている問題です。
メタン産生菌は古細菌
メタン産生菌は、実は細菌(bacteria)ではなく「古細菌(archaeon)」というグループに属します。古細菌とは、見た目は細菌に似ていますが、膜構造やタンパク合成機構などが細菌とは異なる微生物です。進化のうえでは細菌よりも真核生物に近い生物で、高温や高塩分環境などの極限環境に特化して生息しています。
古細菌のユリアーキオータ門に属するMethanobacterium ruminantiumおよびMethanosarcina barkeriは、第一胃の重要なメタン産生菌です。すべてのメタン産生菌は偏性嫌気性菌で、酸素の存在下では生存できません。
メタン産生菌が水素と二酸化炭素濃度を下げる
ウシの第一胃にいるメタン産生菌は増殖基質として、他の細菌が産生する水素と二酸化炭素を利用しています。つまり、古細菌によって第一胃の中の水素と二酸化炭素の濃度が下げられているのです。
もし、水素や二酸化炭素が使われずに増え過ぎると、限りのある第一胃の中のスペースが水素や二酸化炭素に占められるようになります。水素や二酸化炭素が過剰に存在する条件下では、その他の細菌による代謝分解反応は十分に行われず、発酵が妨げられます。そのため、メタン産生菌は他の細菌にとって、ひいてはウシにとって、なくてはならない存在なのです。
このようにメタン産生菌を含め、第一胃の中の微生物たちは、物質の産生や代謝をもって互いの増殖を促進したり抑制したりと、栄養共生関係の中で複雑なバランスを取り合っています。その中でメタン産生菌は、飼料転換効率に影響を及ぼす重要な細菌なのです。
人間にとって迷惑なメタン産生菌もウシには必要
細菌叢と一口に言っても、それぞれの細菌が非常にユニークで、異なるはたらきをしているからこそ、栄養共生関係が成立しています。そして、宿主のウシは、さまざまな細菌のはたらきによって、栄養となる物質を得ています。
人間にとって迷惑に思われるメタン産生菌も、ウシには必要な存在なのです。
参考文献
- “The Ruminant digestive system. Rumen Biochemistry” The University of Edinburgh <2017.12.24アクセス>
- “Microbiology” The University of Waikato <2017.12.24アクセス>
- Hanning, Irene, and Sandra Diaz-Sanchez. “The functionality of the gastrointestinal microbiome in non-human animals.” Microbiome 3 (2015): 51.
- Dr. Steven M. Carr. “Ruminant digestion in Bos taurus” Memorial University of Newfoundland <2017.12.24アクセス>
- Hook, Sarah E., André-Denis G. Wright, and Brian W. McBride. “Methanogens: methane producers of the rumen and mitigation strategies.” Archaea 2010 (2010).
- Jami, Elie, and Itzhak Mizrahi. “Composition and similarity of bovine rumen microbiota across individual animals.” PloS one 7.3 (2012): e33306.
- 安保佳一. “反芻家畜の栄養の特異性.” 化学と生物 17.3 (1979): 149-158.
- 小池聡. “子牛の消化管細菌叢と成長.” Journal of Japanese Society for Clinical Infectious Disease in Farm Animals Vol.4 No.3 2009: 88-91.
- 北村延夫. “牛の胃の制御機構.” 帯広畜産大学
- “Ruminant Anatomy and Physiology” The University of Minnesota <2017.12.24アクセス>
- Chris McSweeney and Rod Mackie. “MICRO-ORGANISMS AND RUMINANT DIGESTION: STATE OF KNOWLEDGE, TRENDS AND FUTURE PROSPECTS. COMMISSION ON GENETIC RESOURCES FOR FOOD AND AGRICULTURE.” Food and Agriculture Organization of the United Nations. September 2012: BACKGROUND STUDY PAPER NO. 61.
- Ryu Okumura & Kiyoshi Takeda: Crosstalk between intestinal epithelial cells and commensal bacteria. 領域融合レビュー, 5, e007 (2016) DOI: 10.7875/leading.author.5.e007
- Kenya Honda: The gut microbiota and immune system. 領域融合レビュー, 2, e011 (2013) DOI: 10.7875/leading.author.2.e011
- “German cows cause methane blast in Rasdorf” – BBC News <2017.12.24アクセス>
- “Overview of Greenhouse Gases” EPA <2017.12.24アクセス>
- “Understanding Global Warming Potentials” EPA <2017.12.24アクセス>