2017年5月9日

ウサギの食糞(後編)——なぜ赤ちゃんウサギは親の糞を食べるのか

前編では、ウサギが十分な栄養素を得るためには個体自身の腸内細菌叢のはたらきが必要不可欠であることを紹介しました。今回の後編では、ウサギのもう一つの食糞である、他個体の盲腸糞を食べることについてご紹介いたします。

母乳を飲んで細菌が住むための腸内環境を整える

前編でご紹介したウサギに欠かせない腸内細菌叢は、実は生まれつき備わっているものではありません。そこで重要になるのが、もう一つの食糞、赤ちゃんウサギが親の糞を食べる食糞です。

生まれたての赤ちゃんウサギの消化管は無菌状態です。このままでは、前編でご紹介したような、植物性の食糧の腸内発酵が行われず、生きていくのに必要な栄養を得ることができません。

そのため、赤ちゃんは生後8週までの間に、時間をかけて大人と同じ健全なバランスの取れた腸内細菌叢を構築していきます。

まず、離乳までの生後3~4週間の間に、母乳のはたらきも借りて消化管内のpHが5.0~6.5の弱酸性から1.0~2.0の強酸性へと徐々に変化します。さらに、腸内を細菌感染や固形物による傷害などによる炎症から防御するのに必要な免疫機能である抗体を母乳から手に入れ、腸内の細菌叢を配備するための準備を整えます。

この期間は、外部から経口などで入ってくる細菌は胃内で殺菌されないので、容易に消化管内に入り込まれる期間です。バランスの取れた大人のような細菌叢を構築していく前段階として重要な期間であり、感染や腸炎などで簡単に死に至る危険な期間でもあります。

母親の盲腸糞を食べて細菌叢を取り入れる

そして、離乳が近づいてくるころにはもう一つ重要な準備として、有用な腸内細菌叢を効果的に手に入れるというステップがあります。生後3週間になる前に、母親の盲腸糞を食べ始めるのです。盲腸糞は栄養豊富なだけでなく、母親の腸内細菌叢の細菌を豊富に含んでいます。母親の持つ健全な細菌叢を移植するかのように、消化管内に取り込むことができます。こうして、牧草などから栄養を十分得られるように腸内環境を整えるのです。

その後、徐々に自分の盲腸糞も食べ始め、生後9~10週にピークを迎えるまで細菌叢は発酵に適した状態、特に芽胞形成しないグラム陰性桿菌バクテロイデス属などの嫌気性菌が優勢の菌叢(クロストリジウム属などに比べて100~1000倍)へと徐々に変化し、盲腸内の菌数も1グラムあたり107~109個にまで増加し続けます。そうして、その後の生存に必要不可欠な、健全な細菌叢が作られていくのです。

ちなみに、このことからも想像できるように、健常な腸内細菌を他の個体からもらう便移植は、大人のウサギでもかなり前から治療として試されていました(健康な個体の盲腸糞を確保するのはそう簡単なことではありませんが)。また、細菌叢の崩れは、発酵の阻害に直結し、成長や生死に大きく関わります。そのため、細菌叢の変化や性状について、これまでに多くの研究がなされてきました。

動物の細菌叢のあり方は多様

ウサギだけでなく、他にも食糞をする動物は知られていますが、大半の動物は食糞をしません。それぞれに異なった消化管構造や食性を持ち、細菌叢の利用を行ったり影響を受けたりしています。

そうした様々な動物たちの細菌叢のありかたや、関連する食性や消化器構造などは大変多様です。そんな動物たちの細菌叢に関する豆知識や最新研究について、今後も紹介していきたいと思います。

■参考文献