循環器内科医が腸内細菌を研究することになった理由とは?
はじめまして。循環器内科医であり、いまはアメリカの細菌学の研究室で「宿主と細菌叢の連関」をテーマに研究をしている笠原和之です。これから、研究の現場から腸内細菌に関するニュースやトピックなどをお届けしていきたいと考えていますが、今回はまず「循環器内科医の私がなぜ細菌学のラボに留学することになったか」をお伝えしようと思います。
循環器内科医から研究者へ
大学を卒業後、初期臨床研究プログラム(いわゆる研修医)を経て、循環器内科専門医を目指して、内科全般と循環器内科のベーシックなトレーニングを積みました。
その後は、目先を変えて循環器内科学の大学院に進み、マウスモデルを使った動脈硬化の基礎研究に従事しました。動脈硬化は狭心症や心筋梗塞、脳梗塞といった命に関わる血管疾患の基礎になる病態であり、高血圧や脂質異常症、糖尿病や喫煙などが原因とされる生活習慣病です。いったん心筋梗塞を発症すれば、必要に応じてカテーテル治療や外科治療を行なった上で、タバコを吸っていれば禁煙を指導し、高血圧や脂質異常症、糖尿病の内科的な治療を行うのが一般的な治療法です。
しかし、これらを十分に治療しても、一部の患者さんは心筋梗塞を再発してしまいます。その原因や治療法に関してさまざまな観点から研究が進められていますが、私が従事した研究室では「慢性炎症」に着目しました。
慢性炎症がさまざまな疾患のベースになる
人はケガをすると、その部分は充血して赤くなり、熱感をもって腫れて痛みを感じるようになります。この状態は、体の傷ついた組織がケガに反応したために起こるもので、炎症と呼ばれます。すなわち、白血球をはじめとした炎症細胞がケガの部位に集まってきます。
これと似たような状態が、肥満や糖尿病、動脈硬化などの生活習慣病でも生じていることが近年わかってきました。しかも、ケガのように短期間では治癒せず、長くくすぶり続けることから、慢性炎症と呼ばれています。
最新の研究では、慢性炎症はメタボリックシンドロームのみならず、がんや免疫疾患、神経疾患など多彩な疾患の基盤病態に関わることが明らかになってきました。
慢性炎症に関わる免疫細胞には多くの種類がある
ただ、ひとくちに慢性炎症といっても、多くの免疫細胞が複雑なメカニズムで体内の恒常性を維持しています。哺乳類などの高等動物は、生体防御機構として自然免疫系と獲得免疫系の2つの柱を持っています。
このうち獲得免疫系は、T細胞、B細胞などのいわゆるリンパ球により担われています。これらの細胞は、外来微生物由来の種々の抗原を、多様なレパートリーを持つT細胞受容体や免疫グロブリンにより認識します。獲得免疫系は、抗原を高い親和性で特異的に認識でき、また抗原特異的な細胞を長期間保持できる記憶というシステムをもちます。
しかし、獲得免疫の確立には時間がかかるため、迅速な応答機構は、主に自然免疫に依存しています。自然免疫は、主にマクロファージや樹状細胞など、いわゆる抗原提示細胞によって担われています。
免疫細胞を増やして動脈硬化を抑える
動脈硬化の病巣(プラーク)を調べると、自然免疫系のマクロファージや樹状細胞に加えて、獲得免疫系のT細胞やB細胞が観察されます。私たちはその中でも、ヘルパーT細胞(CD4陽性T細胞)に注目しました。
ヘルパーT細胞は胸腺で生まれ、胸腺の外(末梢)に出て身体を循環し、抗原提示をうけた一部のT細胞はTh1、Th2、Th17の3種類の炎症を引き起こすエフェクターT細胞に分化します。これらのエフェクターT細胞は、動脈硬化を主に悪化させることが知られています。
一方、過剰な炎症を抑えるために、ヘルパーT細胞の中にはエフェクターT細胞を抑制し、免疫反応を適切に制御する制御性T細胞(Treg)が存在します。Tregはさまざまなメカニズムで免疫反応を抑制し、生体の恒常性を維持しています。Tregの異常は関節リウマチや炎症性腸疾患、ぜんそくなどと関連しており、動脈硬化においても血中や病変のTregが減少していることが確認されています。
そこで、私の所属するラボでは、Tregを増やすような治療法が新規の動脈硬化治療法につながると考えました。そして、動脈硬化マウスモデルにおいて、活性型ビタミンD製剤や適度な紫外線照射がTregを上昇させ、それによって動脈硬化が抑制されることを示しました。
宿主と腸内細菌の相互作用の解明を目指してアメリカへ
腸管は人体の中で最大の免疫器官であるとよく言われます。大学院在学中に、腸管内の免疫細胞が特定の腸内細菌に誘導されるという報告が次々とでてきました。私たちの注目したTregも、マウスおよびヒトの消化管内に常在するClostridium属細菌やBacteroides fragilisにより強力に誘導されることがわかりました。
このような背景から、腸内細菌叢を変えることによって動脈硬化性疾患の全く新しい治療法ができないだろうか、と考えるに至りました。すでに世界には先んじている研究者がおり、腸内細菌の代謝物由来であるトリメチルアミンNオキシドが狭心症や心筋梗塞の危険因子であることが報告されたのもこの時期です(詳細は別記事でお伝えします)。
しかし、新たに腸内細菌を絡めた研究を始めても、専門的な知識や技量が乏しいため、研究を進めていくのに四苦八苦しました。そこで大学院卒業後は、宿主と腸内細菌の相互作用を研究している研究室に留学したいと考え、2015年夏から現在の研究室に在籍しています。
これから、腸内細菌に関するトピックや研究室の紹介などをお届けしていきたいと思っています。