2019年10月8日

ミツバチにだって生きた細菌が必要

近年、腸内細菌叢は動物だけではなく、昆虫にも必要であることがわかってきました。コオロギ、シロアリ、ミツバチなど様々な昆虫で、その組成や役割が研究されています。

昆虫の消化管は、人間や他の脊椎動物とは形態的に異なりますが、人間や脊椎動物の消化管と同様に多様な細菌からなる細菌叢があることが報告されています。昆虫の腸内細菌叢も、花粉の発酵と消化、寄生虫や細菌感染症への防御など、様々な役割を担っています。

今回は、昆虫の中でもミツバチの腸内細菌叢に関する研究をご紹介します。ミツバチの腸内細菌叢は、幼虫の生存にとても重要であることが明らかになりました。

人間の生活にも欠かせない昆虫

ミツバチは、世界的な食料安全保障や生態系の維持に非常に重要な生物として注目されています。日頃我々の食卓に上る果物や野菜などのほとんどは、植物の花粉が運ばれ受粉することによって結実するのですが、この媒介者の役割を担っているのがミツバチなどの昆虫や鳥類です。

こうした媒介者による花粉の運搬は、我々の生活に役立つ行為であるため「送粉サービス」とよばれています。世界の作物生産量の35%はこの送粉サービスに依存しています。2013年に発表された研究では、日本における送粉サービスの経済効果は4700億円と試算されました。

そんなミツバチですが、農薬による減少が近年問題になっています。大人のミツバチには影響がないとされている農薬を使っていても、幼虫に悪影響を及ぼし、結果として成長した大人のミツバチの大部分を占める送粉者である働き蜂の個体数減少などの悪影響につながることが報告されています。

花粉の細菌叢が花粉を発酵させる

花粉には細菌がついています。ミツバチが巣に持ち帰ってきた花粉と花蜜の混ざったものは、幼虫の餌として蓄えられます。花粉の細菌叢によって花粉は発酵し、栄養価が高く消化可能な餌となります。この発酵花粉の細菌叢と、ミツバチの腸内細菌叢は、異なる細菌で構成されています。

アフリカミツバチとセイヨウミツバチの交雑種であるアフリカ化ミツバチでの研究で、それぞれの細菌叢の遺伝子を比較したところ、花粉の細菌叢は主にナイセリア科、フラボバクテリウム科、アセトバクター科、ラクトバチルス科に属する種で構成されているのに対し、腸内細菌叢は主に腸内細菌科、リケッチア科、スピロプラズマ科、バチルス科に属する種で構成されていることが明らかになっています。花粉と腸内細菌叢で共通する細菌は、種レベルで7%しかありませんでした。

ミツバチの腸内には、花粉由来でない細菌叢があるのです。

ミツバチの腸内細菌叢はどこから獲得するのか

ミツバチの腸内細菌叢は由来はどこなのでしょうか。

セイヨウミツバチの羽化前から成熟大人になるまでにわたって個体の腸内細菌叢を経時的に調べた研究では、他の生物の例にもれず、出生時は腸内細菌叢をもっていませんでした。ところが羽化直後から9日目にかけて、細菌の量は急激に増加し、特に消化管の中腸から後腸を経て直腸にかけて多くなることが明らかになりました。

幼虫らの世話を行う成熟した大人のワーカーの消化管内には豊富な細菌叢があります。特にミツバチでは、栄養交換と呼ばれる個体間での餌のやり取りや巣への貯蔵が行われており、こうした世話や餌の共有を通して、群れの成熟した大人から細菌叢を獲得していると考えられています。

さらに、巣の手入れの際に糞が摂取されるため、こうした経路も細菌叢の獲得ルートとなっている可能性があります。

ミツバチは草食?肉食?

腸内細菌叢だけでなく、花粉に付着している細菌叢もまたミツバチにとって重要な存在であることが明らかになりつつあります。

北米で一般的に見られるミツバチの幼虫に、殺菌済み花粉のみを与え続ける実験を行ったところ、幼虫の生残率は低下し、幼虫の体重も低下しました。餌から摂取されるアミノ酸や脂肪酸の指標となる特定の中性脂肪酸を測定した結果、通常の未殺菌の花粉を与えた幼虫では、殺菌済みの花粉を給餌された幼虫に比べて、そうした栄養素が有意に多いことがわかりました。ミツバチの幼虫の生存には、花粉の細菌叢の働きが欠かせないのです。

アミノ酸の中には、生物の体内で合成できず、他の生物やその産物を摂取することで取り込まれるものがあります。こうしたアミノ酸をバイオマーカーとして用い、生態系の中での位置を明らかにする、栄養段階という指標があります。

ミツバチの場合、花粉という植物由来のものを摂取している傍らで、花粉に付いている細菌や、細菌が花粉や花蜜から産生する栄養素を摂取しているため、算出された栄養段階は、雑食を示す結果となりました。ミツバチの種によってもその値に差があり、草食と肉食の間で様々な程度の雑食性を示していました。

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様々な昆虫の研究から、腸内細菌叢が昆虫にも重要であることがわかってきました。また、花粉についている細菌叢を、消化の枠組みの中で腸内細菌叢と同等に重要と考える研究者もいます。細菌叢は、体内だけでなく、生態系でも重要な役割を担っていますし、体内の細菌叢の働きとも密接に関係しています。体外で働く細菌叢と体内で働く細菌叢の関係にも注目していきたいです。


Mykinsoラボは、医療機関で受ける腸内フローラ検査Mykinso Proを提供する株式会社サイキンソーが運営しています。


参考文献

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