2019年7月30日

「マラソンで増える腸内細菌がパフォーマンスを上げる」論文の内容と解釈の難しさ

腸内細菌叢の研究はさまざまな分野に広がりを見せており、その例には枚挙にいとまがありませんが、アスリートを対象とした研究は世間の関心を集めるものの1つです。この分野ではアスリートに特徴的な腸内細菌叢を明らかにすることで、将来的にはアスリートのパフォーマンス向上につなげようと試みられています。

今回ご紹介する論文は、長距離ランナーの糞便を大会前後で解析し、ある特徴的な菌が運動後に増えていたこと、その菌がパフォーマンス向上につながる可能性があることを示した研究です1)

また、近年のマイクロバイオーム研究の広がりの中で次々と多くの論文が発表されていますが、SNSを中心に議論が巻き起こることもあります。紹介の最後には、本論文から浮かび上がる疑問点も添えて考察します。

Veillonella属の割合がマラソン後に増加する

これまでの研究からアスリートの腸内細菌叢には、Veillonellaceae、Bacteroides、Prevotella、Methanobrevibacter、Akkermansiaなどの菌が多いことが報告されています2) 3)。しかし、これらの菌が実際にアスリートにどのような影響を与えるかは知られていません。

今回の研究ではまず、2015年のボストンマラソンに参加した15人のアスリートから、マラソンの1週間前から1週間後にかけて計209サンプルの糞便を採取し、16S rRNAシークエンスで菌叢を解析しました。予想通り菌叢には個人差を認めましたが、マラソン前後で比較するとベイロネラ属(Veillonella)が最も大きく増加方向に変化していることがわかりました。

一般化線形混合モデルを用いてVeillonella属の割合の推定を試みると、性別、人種、年齢、体重、食事(タンパク質、乳製品、穀類、野菜、果物)、月経といった固定効果は全てVeillonella属の推定には無関係でしたが、「マラソン前後」という時間はVeillonella属の推定に有意差を認め、長距離を走ることでVeillonella属が増加する可能性が示唆されました。

V. atypicaをマウスに投与するとトレッドミルのタイムが向上する

次にVeillonella属がパフォーマンス向上に何らかの効果を発揮しているかを調べるために、マウスの運動モデルを用いました。

マウスに、試験に参加したマラソンランナーの糞便から単離したVeillonella atypica、もしくは対照群として乳酸代謝に影響しないことが知られているLactobacillus bulgaricusを投与し、その5時間後にトレッドミルでの運動を行い、疲労するまで連続で運動した時間を測定しました。3日間連続で菌の投与とトレッドミル試験を行い、4日間の休息を経た後、翌週はもう一方の菌を投与してトレッドミル試験を行うクロスオーバー法を用いました。

結果はクロスオーバの第1期、第2期ともにV. atypicaを投与された群で運動時間が長くなりました。運動後に血中サイトカイン濃度を測定したところ、V. atypica投与後に炎症性サイトカインの低下を認めました。

アスリートの腸内細菌では運動後、乳酸をプロピオン酸に代謝する機能が増加する

別の集団で前述の結果を確かめるために、ウルトラマラソンランナーとボート選手の運動前後で計87の糞便サンプルを集め、メタゲノム解析を行いました。

ボストンマラソン選手と同様に、運動後にVeillonella属が増加していることが確認されました。また、乳酸を短鎖脂肪酸(プロピオン酸や酢酸)に分解する経路であるメチルマロニルCoA経路に関わる酵素をコードする遺伝子群が運動後に増加していることがわかりました。実際、アスリートから単離したV. atypica、Veillonella dispar、Veillonella parvulaを乳酸を含んだ培養液中で培養すると、酢酸とプロピオン酸が大量に産生されました。

すなわち、運動中に筋肉から産生された乳酸が血流を介して腸管内に入り、Veillonella属により代謝されて短鎖脂肪酸が産生される仮説が示唆されました。

血中の乳酸は腸管上皮バリアから腸管内に到達し、プロピオン酸に代謝される

この仮説では、血中の乳酸が腸管上皮を超えて腸管内に到達するかどうかがポイントになります。それを確かめる実験をマウスで行いました。

V. atypicaもしくはL. bulgaricusを投与されたマウスに、13C同位体標識した乳酸を静脈注射し、12分後に解剖して血液や腸管内容物を採取して、同位体標識化合物を測定しました。すると血中のみならず腸管内容物でも同位体標識の乳酸を検出したことから、血中の乳酸が腸管内に到達することがわかりました。

乳酸の代謝産物であるプロピオン酸は、心拍数や最大酸素消費量を増加させたり、血圧に影響を与えたりすることが知られています。Veillonella属から産生されたプロピオン酸が運動パフォーマンスに与える影響を調べるために、再びマウスを用いて実験しました。

マウスの直腸に直接プロピオン酸もしくは対照群として緩衝液のPBSを投与したのちにトレッドミルでの運動を行うと、PBS群に比べてプロピオン酸を投与した群で有意に運動時間が長くなりました。

すなわち腸管内のプロピオン酸の濃度を上昇させると、運動パフォーマンスが向上する可能性が示唆されました。

本研究のまとめと疑問点

本研究では、(1) 2つの独立した集団データで、アスリートの運動後にVeillonella属が増加すること、(2) 2番目に紹介した集団データでは、Veillonella属のメチルマロニルCoA経路に関わる機能がアスリートの運動後に増加すること、(3) マウスを用いたクロスオーバー試験で、V. atypicaを投与するとトレッドミルのパフォーマンスが向上すること、(4) マウスでは血中の乳酸が腸管の管腔内に移行しうること、(5) プロピオン酸をマウスの直腸に投与するとトレッドミルのパフォーマンスが向上すること、が示されました。

すなわち著者らは、運動中に筋肉で乳酸が産生されて血中の乳酸濃度が上昇し、その一部が腸管内に流れ込み、Veillonella属の腸内細菌が乳酸からプロピオン酸を産生して、門脈から再吸収されたプロピオン酸がパフォーマンス向上に作用する、というモデルを提唱しています

一方で以下のような研究上の疑問点も挙げられます。(1) マラソン前後にて、糞便中の乳酸や短鎖脂肪酸濃度を検証していない。(2) マウスを用いたトレッドミル運動時間の結果はばらつきが大きく、V. atypica投与の効果は、13%程度の運動時間の増加にとどまった。(3) 同実験でV. atypicaの投与により効果を認めたresponderと効果を認めなかったnon-responderがいたが、その違いについての追求はなされていない。(4) V. atypicaの投与後の腸管内の乳酸や短鎖脂肪酸濃度を検証していない。(5) 同位体標識した乳酸を用いた実験で、同位体標識されたプロピオン酸が検出できておらず、その理由として乳酸投与後から解剖までの時間(12分)が、腸管に到達しプロピオン酸に代謝されるまでには短すぎた可能性がある、という考察にとどめている。

これらの問題点から、著者らの提唱するモデルは本研究だけではまだ十分に証明されていないと感じます。

近年のマイクロバイオーム研究の広がりの中で、査読者のみならず多くの読者から建設的な意見が出ることで、分野全体の健全な発展が期待されると思います。


Mykinsoラボは、医療機関で受ける腸内フローラ検査Mykinso Proを提供する株式会社サイキンソーが運営しています。


参考文献

  1. Scheiman J, et al. Meta-omics analysis of elite athletes identifies a performance-enhancing microbe that functions via lactate metabolism. Nat Med. 2019; 25(7): 1104-1109.
  2. Petersen L. M., et al. Community characteristics of the gut microbiomes of competitive cyclists. Microbiome. 2017; 5: 98.
  3. Clarke S. F., et al. Exercise and associated dietary extremes impact on gut microbial diversity. Gut. 2014; 63: 1913-1920.