ヒゲクジラの腸内細菌叢は肉食系?草食系?
クジラは大きく分けて、歯のあるハクジラ亜目とヒゲのあるヒゲクジラ亜目の2つのグループに分かれます。
ハクジラは文字通り、ヒトの歯と似たような歯をもつ鯨類です。それに対してヒゲクジラは、歯をもっておらず、ヒゲ板という特殊器官をたくさんもっています。ヒゲといっても毛ではなく、上あごの内側の皮膚が爪のような板になり、その先が細長く何本にも分かれたものです。
今回は2つのクジラのグループのうち、世界最大の脊椎動物であるシロナガスクジラが属するヒゲクジラの細菌叢についてご紹介します。
クジラとウシの祖先は同じ、消化器の形態も似ている
クジラやイルカなどの鯨類は、陸生の偶蹄目であるウシやカバなどの草食獣の仲間から分岐し、海で暮らす哺乳類です。
偶蹄類のウシやヒツジと同様に、ヒゲクジラも複胃動物です。消化管の前腸部である胃が4つに分かれています。ヒゲクジラには、盲腸もあります。
生活する場所は陸と海と異なりますが、消化器の形態は近縁種らしく未だ共通点を残しています。
ヒゲクジラとウシの腸内細菌叢は違う
これまでの研究で、ヒゲクジラの第一胃内容物における腸内細菌数は、108〜1010個/gと報告されています。ウシやヒツジは、1010〜1011個/gなので、同じ複胃動物でもクジラの腸内細菌数は少ないようです。
2015年に、ヒゲクジラの糞便中に含まれる細菌の遺伝子を網羅的に解析した研究が報告されました。解析の結果、細菌の分類群としては、バクテロイデーテス門やファーミキューテス門の細菌が優占種で、プロテオバクテリア門など、陸上の生物で見られる複数の細菌群が全く見られないという結果でした。
似たような消化管をもっていながら、このような違いがある原因には、食性の違いがあるかもしれません。
ヒゲクジラの食餌と採餌方法
ヒゲクジラの主食は、小魚や甲殻類などのタンパク質の豊富な小さな動物です。草食である陸棲の偶蹄類とは大きく異なり、どちらかといえば肉食と呼べるでしょう。
これらの小型生物を海水ごと大量に口に入れ、大きな板状のヒゲで海水だけ濾しだしています。このような採餌を行う動物を「フィルターフィーダー」と呼びます。
同じフィルターフィーダーであるヒゲクジラでも、種によって少し食性が異なります。セミクジラ科であるホッキョククジラは、比較的キチン質の豊富なカイアシ類を主な餌として摂取します。一方、ナガスクジラ科(ザトウクジラやイワシクジラなど)は、それ以外にも魚やオキアミなども摂取します。
草食動物に似るところ、肉食動物に似るところ
2015年に発表された研究では、海で採取されたヒゲクジラの糞の解析が行われました。
腸内細菌由来の遺伝子を機能的アノテーションによって分類した結果、セミクジラ科に比べてナガスクジラ科のほうが、陸棲の哺乳類にわずかに近いことが明らかになりました。
さらに、ヒゲクジラ類と陸棲哺乳類の腸内細菌叢を、主成分分析によって比較しました。その結果、高次分類群では陸棲の草食動物に類似性が見られたものの、下位の種レベルでは草食動物とは異なることがわかりました。
栄養素の代謝機能に着目すると、対象によって関与する菌群の傾向が異なることが明らかになりました。草食動物に類似する菌群には、エネルギーおよび脂質の代謝、アミノ酸分解の代謝経路のうちピルビン酸代謝でした。一方、肉食動物に類似する菌群には、炭水化物の代謝、必須アミノ酸の代謝合成経路アミノ酸分解の代謝経路のうちグルタミン酸代謝がありました。
このように、ヒゲクジラの細菌叢は、陸棲の哺乳類との比較において、草食動物に類似した菌群がはたらく過程もあれば、肉食動物に類似した菌群がはたらく過程もあるといった、複雑な類似性の存在が明らかになりました。
腸内細菌叢の決定には環境も関与する
今回の研究から、海という大多数の哺乳類とは全く異なる環境に生息する巨大なヒゲクジラの細菌叢には、陸棲の哺乳類との共通点が多く見られることがわかりました。しかし、必ずしもすべてが共通祖先をもつ草食動物の偶蹄目と似ているわけではなく、肉食動物に類似している点もあることが判明しました。
腸内細菌叢の決定には、進化や系統だけではなく、環境が大きな鍵を握っているといえそうです。
参考文献
- 千葉県立中央博物館分館 海の博物館. “陸から海へ” <2018.08.26アクセス>
- 東京海洋大学. “鯨類の分類リスト” <2018.08.26アクセス>
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- Stevens C. Edward, Hume Ian D. Comparative Physiology of the Vertebrate Digestive System. Second edition. Cambridge University Press. 2004 admin. (2013年04月01日).
- 講義ノート. Retrieved 2018年08月27日, from Kyoto University OpenCourseWare <2018.08.26アクセス>
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