2018年10月16日

ヒゲクジラも反芻動物のように植物繊維を発酵するのか?

海に生きる最大の哺乳類である動物食のヒゲクジラと、草食であるウシやヒツジなどの陸棲の反芻動物は、共通の祖先を持っています。そのような近縁種であっても、その腸内細菌叢のはたらきには、類似点だけでなく異なる点もあります。

(前編の記事へのリンクを入れます)

反芻動物最大の特徴として、巨大な前腸での発酵がありますが、果たしてヒゲクジラではどうなのでしょうか。

ヒゲクジラの発酵能力については長い間議論されてきました。ヒゲクジラの消化管内で発酵に関与する細菌叢と炭水化物の分解について、ようやくわかり始めたことを今回はご紹介いたします。

ヒゲクジラの腸内細菌叢は短鎖脂肪酸を産生するのか

陸棲の反芻動物の最大の特徴は、複胃における細菌叢による植物繊維の発酵です。彼らは、多糖で構成されるセルロースが豊富な植物を主食とします。この植物繊維の発酵により、重要なビタミンや短鎖脂肪酸(SCFA)などの栄養素産生を行っています。

ヒゲクジラの植物繊維の発酵については、僅かですが報告があります。コククジラ科やセミクジラ科では、腸内の発酵によるSCFA産生量が陸棲の反芻動物に匹敵する、といわれてきました。

しかしその一方で、in vitroの細菌培養実験から、この発酵による生成産物はエネルギー供給にそれほど寄与していないという知見もありました。陸棲の反芻動物で一般的な、メタン産生を行っているとの報告もほとんどありませんでした。

クジラの腸内での発酵については、こうした相反する結果があり、どちらともいえないのが現状でした。

発酵機能は陸棲草食動物に近いとわかった

2015年の研究で行われた、糞中に含まれる腸内細菌叢の遺伝子の網羅的解析から、植物繊維の発酵機能についても陸棲の草食動物に近いと考えられる発見がいくつかなされました。

発酵に関連する物質に着目すると、中間生成物であるピルビン酸の代謝に関与する細菌が豊富でした。陸棲の動物と比較すると、肉食動物よりは草食動物に近いことが示されました。SCFAの産生と利用に関与する菌も、多く発見されました。

発酵の過程では水素が生成され、その水素を消費する細菌がいます。この細菌が産生する酵素の量が、ヒゲクジラで草食動物と同様に多い結果が得られました。

メタン産生能があることも明らかに

検出された酵素の中でも、水素化によるメタン生成に関与する酵素の割合が、クジラと草食動物で同様に多いと判明しました。このことから、クジラの腸内細菌叢には、メタン生成能力があるのではないかと推測されます。

メタンを産生する古細菌には、いくつかの種類があります。実は、ヒゲクジラの細菌叢には、古細菌であるメタン産生菌の中でも動物などの消化管から多く分離されているユリアーキオータ門のMethanobacteria(メタノバクテリウム綱)の16SリボソームRNAは発見されていません。

しかし今回、Methanomassiliicoccales(メタノマッシリイコックス目)という古細菌が検出されました。これは、最近新しく発見されたもので、草食動物だけではなくヒトや昆虫とも共通しており、重要なメタン産生菌として報告されています。

この微生物が利用するのはメチル化アミンという有機物で、これは動物プランクトンに豊富に含まれています。このことからも、メタン産生能があるのではないかと考えられているのです。

炭水化物の代謝経路は肉食動物寄りか?草食動物寄りか?

陸棲の草食動物とヒゲクジラは、主食がそれぞれ草と小魚・甲殻類と異なりますが、含まれる主要な栄養素である炭水化物の種類も構成成分も違います。細菌叢の中でも、炭水化物の代謝に関連する遺伝子を解析した結果について、少し詳しくご紹介します。

陸棲の草食動物が使うのは、ヘミセルロースなどからなる植物由来の炭水化物で、ガラクトースなどの単糖を主要構成成分としています。陸棲の草食動物に見られる細菌叢は、これらの単糖に作用するリン酸化酵素を豊富に産生します。

一方、ヒゲクジラの摂取する炭水化物は、甲殻類の殻の成分であるキチンに由来します。その全カロリーに占める割合は10%になると試算されます。

キチンの主要構成成分はアミノ糖で、ヘミセルロースを構成するような単糖は含まれていません。そのため、細菌叢の産生する酵素も草食動物とは異なります。解析の結果、動物由来の多糖を分解する酵素群が優占し、中でもキチンオリゴマー加水分解酵素関連遺伝子は3番目に多く、酵素は最も多いという結果でした。

ヒゲクジラと陸棲の草食動物の細菌叢には、共通点もあります。グルコースやフルクトースなどのリン酸化酵素の産生、アミノ酸の発酵経路の下流にあるピルビン酸の代謝は、草食動物と類似します。

しかし、検出された遺伝子を糖質関連酵素に着目してクラスター解析したところ、ヒゲクジラは陸棲哺乳類とは異なるグループに分類されることがわかりました。より大きな分類で見た場合には、陸棲の草食動物ではなく、肉食動物の仲間に含まれることも判明しました。

キチンを食べる陸上動物とは違うようだ

実は、陸上にも主食にキチンを多く摂取している動物がいます。アルマジロなどの昆虫食の哺乳類です。

しかし、彼らの糖質関連酵素の構成は、ヒゲクジラと近い傾向を示さず、陸棲の肉食動物に比べてキチン関連遺伝子が特に豊富だということもありません。

複胃をもち、反芻動物と共通祖先をもち、キチン豊富な動物を主食にするヒゲクジラとはやはり違うようです。

ヒゲクジラの腸内細菌叢の機能はわかり始めたばかり

海へ進出したヒゲクジラの食餌における炭素源は、祖先の食べていた植物のセルロースから、甲殻類のキチンに変わりました。

ヒゲクジラの細菌叢を見ると、その機能面では、共通祖先を持つ草食動物と概ね類似の細菌叢を持つ一方で、タンパク質の異化やアミノ酸の合成経路に関与する細菌叢は肉食動物に類似しているという非常にユニークな特徴を持っています。

ヒゲクジラの腸内細菌叢の機能は、まだわかり始めたばかりです。発酵や消化だけでなく、進化と環境の細菌叢に与えた影響など、今後の研究に注目です。

参考文献