2016年7月19日

生物多様性って、なに? – 腸内細菌叢(腸内フローラ)の間接的な経済価値

生物多様性02

生物多様性という言葉を耳にする機会がとても増えてきている。この言葉は、大規模開発に伴う環境破壊であったり、気候変動に伴う極端な環境変化であったりと、私たち人類の経済活動が原因となって絶滅の危機に立たされている生物や環境の重要性を訴える文脈の中で使われることが多い。

そもそも生物多様性とは、どのようなものなのだろう?
どうして危機的な状況にある環境を語るときに多用されるのだろう?

生物多様性の定義

生物多様性(Biodiversity)という言葉は、1988年昆虫学者のエドワード・O・ウィルソンが開催したフォーラムで初めて公式に使われた。この時の”Biodiversity”は、「地球上には多様な生命が満ちている」という意味にとどまっていた。

その後生物多様性という言葉と概念は、生物学者を中心に環境保護に関係する人々や政治家、市民へと関係者の裾野が広がるプロセスで、さまざまに説明されるようになってきた。その流れのなかで、解釈に進化の視点の重要性が認識されるようになってきた。

生物多様性は「枝分かれしながら進化するある地域の生命を、今という時間で切った時にその断面に現れる枝先の集合」とも説明されるように、進化の流れの中でとらえられるべき概念である。進化の実体は遺伝子なので、生物多様性は遺伝的多様性と言い換えることもできるのだ。

生物多様性の3つのレベル

現在、生物多様性は遺伝子多様性、種多様性、生態系の多様性という3つのレベルで説明される。

  • 遺伝子多様性とは、ある生物種の中での遺伝子そのものの多様性で、同種個体間の遺伝子の差異と、同種個体群間での遺伝子の差異が含まれる。
  • 種多様性とは、種そのものの多さであり「断面に現れる枝先」のすべてである。種多様性には、多様性を評価するためのαからγまでの3つの観点がある。
    α多様性とは、ある1つの環境での種多様性である。
    β多様性とは、異なる環境間の種多様性である。
    γ多様性とは、対象とするすべての環境での種多様性である。
  • 生態系の多様性とは、数多くの種どうしが複雑に関係し合いながら作り上げている生態系の多様性である。

生物多様性がもつ価値とは?

現在地球上に存在する生物種は、研究者によって大変幅が広いが300万種から1億種と考えられている。実際には1000万種程度が妥当と言われているが、これらの多くが熱帯降雨林に分布すると考えられている。生物多様性という言葉がポピュラーになったのは、アマゾンやボルネオ島の熱帯雨林面積の減少が加速された時期と一致している。

人類にとってかけがえのない機能をもたらすかもしれない熱帯降雨林の生物や未発見の生物、言い換えると、遺伝資源を絶滅させてしまう可能性に対する危惧から生物多様性に関する意識が高まったのだ。

その後、1993年に発効した生物多様性条約では、条約の目的として以下の3項目が明記された。

  1. 生物多様性の保全
  2. 生物多様性の構成要素の持続可能な利用
  3. 遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分

すなわち、3つ目の項目に明記されている通り、生物多様性の価値はあくまでも経済的な価値として位置づけられているのである。

この経済的な価値には、直接的に生み出される利益と、間接的に生み出される利益とがある。実は、腸内細菌叢の経済的な価値は後者のパターンなのである。

腸内細菌叢(腸内フローラ)の価値とは?

生物多様性

腸内細菌叢が健康に与える影響

腸内には、そこを生活の場とする多様な細菌類がさまざまに関係し合いながら腸内細菌叢という生物環境を作り上げている。腸内細菌叢を生態学的な視点からみると、人類の腸内細菌叢をトータルとして生態系と考えるのではなく、各個人の腸内細菌叢が1つ1つの生態系なのである。
腸内細菌叢が寄主である人類の健康にとても大きく影響していることが、動物モデルを用いた最近の研究よって明らかにされてきた。

すなわち、西洋社会において高い有病率をもつ炎症性腸疾患、多発性硬化症・1型糖尿病・慢性関節リウマチなどの自己免疫疾患、メタボリック症候群、アレルギー、結腸癌などの非感染性疾患は、腸内細菌叢の影響によることが実証された。さらに、腸内細菌叢に影響を与えると言われる、帝王切開や抗生物質の使用、粉ミルクを用いた哺乳などのライフスタイルが非感染性疾患のリスク増加と関連していることも明らかにされている。

ブルキナファソ、マラウイ、アマゾン河流域、タンザニアなどの非西洋化社会の人々の腸内細菌叢と、欧米人の腸内細菌叢の比較では、非西洋化社会ではα多様性が高く、β多様性が低いことが示された。この多様性のパターンは食習慣との関連が示唆されるが、これらに関連する環境やライフスタイルの影響は検討されていなかった。

パプアニューギニアでの調査

そこでネブラスカ大学のマルチネス博士のチームは、パプアニューギニアをフィールドに生態学的な手法を用いて、腸内細菌叢成立に関する研究を進めた。
フィールドが決定された理由は、パプアニューギニアには823の言語が存在するほど、民族的にもっとも多様な国の1つであること。それらの民族の多くは外部との接触がほとんど無く、伝統的な自給自足ベースの生活をしていること。ほかの熱帯の途上国と同様に、肺炎、マラリア、結核、新生児敗血症、下痢、髄膜炎などの感染性疾患の有病率や死亡率が高い一方で、西洋社会型の非感染性疾患がほとんどないことからであった。

研究チームは、AsaroとSausiという2つの部族の人々の腸内細菌叢の構成や多様性のパターンを調査し、アメリカ人のそれと比較した。その結果、アメリカ人と比べて2つの部族ではα多様性が極めて高いばかりでなく、占有率が突出する菌群は存在せず、大変バランスの良い腸内細菌叢であることが明らかにされた。そしてβ多様性の検討では、2つの部族の間の差異は、アメリカ人の個人間の差異よりもはるかに低く、2つの部族の腸内細菌構成の類似性が高いことが明らかにされた。

2つの部族においてα多様性が極めて高いのは、食物としてさまざまな種類の食物繊維が摂られていることがその原因だった。また部族間でβ多様性が低いのは、伝統的な自給自足ベースの生活においては利用可能な食物の種類が限られることが原因であると考えられることから、腸内細菌叢の成立や多様性維持には摂取する食物の種類や、食物に含まれる食物繊維が重要であることが示唆された。

腸内細菌叢多様性の意味

2つの部族に西洋社会型の非感染性疾患が見出されなかったのは、腸内細菌叢の多様性がそれらの疾患をブロックしているからにほかならない。西洋型社会に、これら2つの部族がもつ腸内細菌叢の多様性を導入できれば、非感染性疾患に掛けられているコストの削減も可能なのだ。

 

■参考文献
生物多様性条約
Definition of Biodiversity
The Gut Microbiota of Rural Papua New Guineans: Composition, Diversity Patterns, and Ecological Processes