2016年7月26日

モノサシに時間軸が追加される!―加齢による腸内細菌叢(腸内フローラ)の変遷

6月26日の腸内細菌ニュース「病気を解明するモノサシができた!―日本人腸内細菌叢研究の新たな展開」では、腸内細菌叢の変容(ディスバイオシス)が健康に与える影響を明らかにするために、その基準となる健常な日本人の腸内細菌叢の構成や機能が明らかにされたことを紹介した。

腸内細菌のいくつかの種類の存在量が加齢とともに変化することは、1970年代に東京大学名誉教授光岡知足博士によって明らかにされ、模式図も提供されていた。どの年齢層にも起こりうる腸内細菌叢のディスバイオシスの影響を正確に評価するためには、腸内細菌叢全体の加齢に伴う連続的な変化の解明が求められていた。

加齢に伴う腸内細菌変化の違い04加齢に伴う腸内細菌叢の変化(培養法データに基づく模式図、出典:日本の科学と技術 光岡ら 1976を改変)
<出典>日本人における加齢に伴う腸内細菌叢の変化を確認

このような状況を背景に、神戸大学の大澤朗教授が率いる研究チームは371名の健常者を対象とした大規模調査を実施して、加齢に伴う腸内細菌叢の連続的な変化やそのパターンを解明し、その成果をBMC microbiology2016年5月25日号に発表した。

大規模調査のあらまし

年齢別グループの構成

研究チームは、離乳前の乳児から104歳までの371名の健常者から糞便サンプルの提供を受け、そこに含まれているDNAを次世代シーケンサー用いて解析した。

そして腸内細菌叢の連続的な変化を検討するために、得られたデータを①離乳前、②離乳期、③離乳から3歳、④4歳から9歳、⑤10歳代、それ以降は10歳刻みでグルーピングし、⑭100歳代までの14の年齢グループに分けて分析した。

10代以前を①離乳前、②離乳期、③離乳から3歳、④4歳から9歳の4グループに分けた理由は、出産後、初期の腸内細菌叢構成は母親の影響が大きいが、離乳期から大きく変化することが明らかにされていること。また最近の報告では、生後3日から2歳までの腸内細菌叢の変化は、2歳から成人に至るまでの変化よりも大きいとされていること。さらにほかの報告では、生後3〜4年の間に成人の細菌叢構成に向かう変化が始まるが、5歳ではまだ確立に至っていないことが示されているからである。

腸内細菌叢(腸内フローラ)の年齢による変遷

全サンプルの分析では、これまで知られていたとおりアクチノバクテリア門、ファーミキューテス門、バクテロイデーテス門、プロテオバクテリア門の4つの門に属する細菌群が発見された。そして、それら4つの門の年齢別占有率には次のような特徴があった。

加齢に伴う腸内細菌叢の変化01加齢に伴う腸内細菌叢全体の変化(次世代シーケンサーによる結果)黄:アクチノバクテリア門、赤:バクテロイデーテス門、青:ファーミキューテス門、桃:プロテオバクテリア
<出典>日本人における加齢に伴う腸内細菌叢の変化を確認

①アクチノバクテリア門

アクチノバクテリア門は離乳期までは占有率がほぼ50%近いが、その後減少して30歳~50歳代では一度10%代に復活するものの再び減少し、60歳代以降では占有率は一桁%前半まで下がっている。

②ファーミキューテス門

ファーミキューテス門の占有率は離乳前には25%程度であるが、10歳代からは90歳代まではおおむね75%以上の主要な腸内細菌群となる。そして100歳代では50%代に低下する。

③バクテロイデーテス門

バクテロイデーテス門の占有率は、ほぼ一桁%で推移するが、20歳~30歳代で一度10%程度に上昇するものの再び一桁%に戻る。しかし70歳代からは20%台に急上昇しその傾向は100歳代まで継続する。

④プロテオバクテリア門

プロテオバクテリア門の占有率は、離乳前と離乳期には一桁%であるものの、その後ほとんど検出されなくなる。しかし、70歳代で再び検出されるようになり、100歳代では10%をやや上回るようになる。

このように門レベルでみた占有率からは、加齢に伴う腸内細菌の連続的な変化にパターンが存在すること、またこの占有率に性差は認められなかったことから、占有率は純粋に加齢との関連で考えるべきものであることが明らかになった。

そして、バクテロイデーテス門やプロテオバクテリア門のように70歳を越えてから占有率が高くなる高齢者型の腸内細菌叢構成の存在も示唆された。

サンプルのゲノム解析から

属レベルでの連続的変化

371人のボランティアから提供されたサンプルのうち分析に使った376点からは、高品質なゲノム配列が183万9703セット得られた。そしてゲノム配列を分析した結果、分類に利用可能な5952の遺伝子セットが認められ、その相同性から属レベルでは186属と正体不明の1グループに分類することができた。

これらの186属の細菌は、加齢に伴う変動パターンの類似から9グループに分類され、それぞれ属レベルでの連続的な変化を明らかにすることができた。

加齢に伴う腸内細菌変化の違い03加齢に伴う腸内細菌変化の違い:横軸に記載の数字は以下の通り。1:離乳前、2:離乳中、3:離乳後3歳まで、4:4~9歳、10~100:10歳代~100歳代
<参照元>日本人における加齢に伴う腸内細菌叢の変化を確認

グループ1:バクテロイデス属など

10歳代から80歳代まではなだらかに、90歳〜100歳代で急激に増加する。

グループ2:ラクノスピラッセアエ科など

5歳から50歳代をピークに山型に増加するが、100歳代に向かって減少する。

グループ3:ドレア属など

全年齢グループを通して、出現頻度が極めて低いまま推移する。

グループ4:クロストリジアッセアエ科など

離乳期から50歳代までは低めに推移するが、60歳代から微増し、低目ながら90歳代でピークを迎える。

グループ5:ビフィドバクテリウム属など

離乳期にピークを迎え、その後100歳代までなだらかに減少する。

グループ6:メガモナス属など

全年齢グループを通してほぼ低い出現頻度で推移する。

グループ7:ポリフォルモナス属など

全年齢グループを通してグループ3よりもさらに出現頻度が低い。

グループ8:エンテロバクテリアッセアエ科など

離乳前と離乳期は低いながら存在が確認できる。その後、グループ7同様の極めて低い出現頻度が継続するが、80歳代で再び確認できるようになり100歳代で離乳前と同じレベルに達する。

グループ9:ユーバクテリウム属など

60歳代まではグループ3同様に低い出現頻度が続くが、70歳代から100歳代に向かってなだらかに増加する。

全サンプルの腸内細菌叢(腸内フローラ)の類似性

腸内細菌叢の構成は、個人によってかなり異なっていることが知られている。そこで、全サンプルを細菌叢構成の類似性を手がかりに分析した結果、明らかな5つのグループに分類できた。

それらのグループとは、乳幼児、成人1、成人2、高齢者1、高齢者2であり、年齢順に整理することができた。つまり腸内細菌叢の決定要因は加齢に伴う変化の方が個人差よりも大きいことが明らかにされた。

これら5パターンのうち、高齢者1に実年齢では成人に属する被験者も含まれていた。

その原因は検討されていないが、腸内細菌叢年齢が実年齢よりも老化している例もあるようだ。

加齢に伴う腸内細菌叢(腸内フローラ)の連続的変化の要因

この研究ではサンプルを提供したボランティアのライフスタイルや食習慣のデータ収集を行わなかったために、腸内細菌叢の連続的変化は腸に届く食物の影響と考えられるものの決め手に欠けていた。

そこで研究チームは、特定の栄養分を取り込むための輸送体が年齢によって異なるという仮説を立て、離乳前から離乳期には摂取しないが、離乳後に摂取が始まる食物繊維に含まれるキシロースという糖の輸送体に焦点を絞って、それをコードする機能性遺伝子の存在量を分析した。

その結果食物繊維の摂取が始まると、それまでは機能していることがほとんど確認できなかった遺伝子が確認できるようになり、そのまま機能が継続していることが明らかにされた。これは、加齢に伴う腸内細菌叢を連続的に変化させる要因は腸に届く栄養素である可能性を示唆している。

次のステップへ

この研究では、371名の健常者を対象とした大規模調査によって、加齢に伴う腸内細菌叢の連続的な変化とそのパターンが、腸内細菌叢の属レベルで明らかにされた。

腸内細菌叢のディスバイオシスの影響を検討する時、健常者の腸内細菌叢の解明はそれを考えるためのモノサシである。ここに加齢に伴う変化という時間軸が付加されたことは、年齢層それぞれの腸内細菌叢と健康との関わりを考えていく上で、次のステップに繋がる重要な転機になるだろう。

 

■参考文献
The gut microbiome of healthy Japanese and its microbial and functional uniqueness
Age-related changes in gut microbiota composition from newborn to centenarian: a cross-sectional study
日本人における加齢に伴う腸内細菌叢の変化を確認(森永乳業株式会社)